二つの正解が一つの不正解を生む、という可能性はあるでしょうか?
近年、大麻と免疫療法はどちらも、前者はがんの症状の緩和に、そして後者は抗がん剤治療よりも副作用の少ない代替療法として、がん治療の領域で支持を集めつつありますが、この二つを併用すると、大麻が免疫療法の効果を妨げるのではないかと一部で懸念されてきました 1, 2。 でも、『European Journal of Cancer』に先ごろ掲載された論文 3 は、その心配が無用であることを示唆しています。
免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる薬は、がん細胞をより正確に標的とし、副作用も少なく、非小細胞肺がん(NSCLC)をはじめとするさまざまな種類のがんの治療法を塗り替えた免疫療法の一つです。免疫チェックポイント阻害薬は、NSCLC の第一選択治療として、単独あるいは化学療法との併用で使うのが当たり前になりつつあります。
大麻もまたこの 10年ほど、大麻が社会的に受け入れられるようになり医療大麻が普及するにつれて、広くがんの治療に使われるようになってきました。カンナビノイドが抗腫瘍作用を持つ可能性を示唆する基礎研究や事例報告に加えて、大麻は、吐き気、疼痛、食欲減退その他、がんおよびがん治療に伴う症状や副作用を軽減することもよく知られています。
以前の研究からの警告
この2つの治療法の不適合性に関する懸念は、カンナビノイド受容体 CB2 が主に免疫細胞に発現しており、CB2 が活性化されることによって免疫機能が低下する可能性があるという事実に由来しています。免疫チェックポイント阻害薬のような免疫療法が奏効するかどうかは、免疫機能の強さにかかっています。ですから、大麻が免疫療法の邪魔をする——治療に奏効するどころか逆に有害である、という可能性は少なくとも存在するのです。
事実、2019年 4 と 2020年 5 にイスラエルの研究チームが発表した2本の論文は、まさにそのことを示唆していました。ただし、今回発表された新しい論文の著者ら(同じくイスラエルの研究者)が論文の冒頭で述べているように、以前の2本の論文は大きなただし書き付きでした。「これらの研究対象には、さまざまな種類のがん、治療計画、治療経過が含まれ、免疫チェックポイント阻害薬は患者の死の直前の、治療後期に投与された」「こうした状況においては、大麻の使用は単に、疾病負荷の高い症候性疾患に対する気休めにすぎないことが多い」と著者らは述べています。
イスラエルの2つの研究チームが同じ課題に取り組んでいるというのも驚くにはあたりません。イスラエルは大麻の研究で世界を牽引しているだけでなく、大麻は、イスラエル全土でがん患者に対して最も多く処方されており、1万人を超える患者が使用している、と新しい論文には書かれています。
THCと悪性腫瘍
免疫チェックポイント阻害薬の効果を大麻が低下させるかどうかをさらに調べるため、著者らは、二つの試験をこの新しい論文に組み込んでいます。一つは NSCLC 患者を対象とした後ろ向き観察研究、もう一つは大腸がんのマウスモデルを使った実験です。
人を対象とした研究は、それ自体が特筆すべきものです。カンナビノイドの抗がん作用を示す基礎研究結果は豊富にありますが、実際の患者を対象に大麻の使用とがんの転帰の関係を調べた臨床試験は非情に少ないからです。臨床試験で最も信頼性が高いのは、事前に綿密に計画され、無作為化された対照試験ですが、今回の、(さまざまな変数間の関係が、詳細な診療記録を使って事後に検証された)後ろ向き観察研究は、少なくともそれに一歩近づいたと言えます。
研究の欠点を認めるのは大事なことではありますが、この研究の結論は明快です。テルアビブ・スーラスキー・メディカルセンターで免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブを第一選択治療として使用している 201人の肺がん患者において、長期間にわたる臨床経過観察中の腫瘍の憎悪率は、治療開始後1か月以内に医療大麻を処方された人(n=120)とされなかった人(n=99)の間で差がありませんでした。さらに、この2つの患者集団では、統計的に有意な生存率の差も見られませんでした。
論文の動物実験の部分では、合計 30匹の担がんマウスを対象に、1) 高THCの大麻草抽出物(濃度2種類) 2) 免疫チェックポイント阻害薬 3) 免疫療法と大麻(濃度2種類)4) 不活性の対照薬 のいずれかを、7匹から9匹を1つのグループとして投与し、その後、数週間から数か月にわたって腫瘍の大きさと生存率を評価しました。
安堵のため息
ここでも結果ははっきりしており、しかもそれは人を対象とした試験と一致していました。大麻の使用は、免疫療法の効果に(良くも悪くも)影響しなかったのです。さらに、大麻のみを投与されたマウスは、腫瘍増殖速度においても生存率においても、対照群より若干良い結果でした。
「我々が得たデータは、免疫チェックポイント阻害薬と大麻を併用しても、NSCLC に対する免疫チェックポイント阻害薬の効果は低下しないことを示している」「世界中で医療大麻の使用が増加しているなか、この結果は臨床的に極めて重要である」と著者らは結論しています。
今後の研究(可能な限り良質なエビデンスを得るためには、理想的には無作為化、少なくとも前向き臨床試験)では、今回とは別のがん、治療の組み合わせ、大麻抽出物にもこの研究結果が当てはまるかどうかが検証されるでしょう。でも、少なくとも今のところは、今回の研究結果によって、がんの免疫療法に対する大麻の影響を懸念していた人は、論文のタイトル通り「安堵のため息」をつくかもしれません。
Nate Seltenrich は、サンフランシスコのベイエリアに住む科学ジャーナリスト。環境問題、神経科学、薬理学を含む幅広いテーマについて執筆している。
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参照文献
- Hanganu, Bianca et al. “Controversial Link between Cannabis and Anticancer Treatments-Where Are We and Where Are We Going? A Systematic Review of the Literature.” Cancers vol. 14,16 4057. 22 Aug. 2022, doi:10.3390/cancers14164057
- Worster, Brooke et al. “Cannabis Use in Patients With Cancer: A Clinical Review.” JCO oncology practice vol. 18,11 (2022): 743-749. doi:10.1200/OP.22.00080
- Waissengrin, Barliz et al. “The use of medical cannabis concomitantly with immune checkpoint inhibitors in non-small cell lung cancer: A sigh of relief?.” European journal of cancer (Oxford, England : 1990), vol. 180 52-61. 29 Nov. 2022, doi:10.1016/j.ejca.2022.11.022
- Taha, Tarek et al. “Cannabis Impacts Tumor Response Rate to Nivolumab in Patients with Advanced Malignancies.” The oncologist vol. 24,4 (2019): 549-554. doi:10.1634/theoncologist.2018-0383
- Bar-Sela, Gil et al. “Cannabis Consumption Used by Cancer Patients during Immunotherapy Correlates with Poor Clinical Outcome.” Cancers vol. 12,9 2447. 28 Aug. 2020, doi:10.3390/cancers12092447
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