テルペンが生むのは香りだけではありません。植物界の秘密兵器であり、重要なコミュニケーターでもあるテルペン——現在までに約 20,000 種類の異なった化合物が特定されています——はまた、さまざまな生物学的作用を発揮します。植物に含まれるテルペンの中には、認知力を高めたり、痛みを抑えたり、有害な細菌を殺したり、幻覚を起こしたり、炎症を鎮めたり、がんと闘ったり、吐き気を催させたり、ストレスを軽減させたり、人をハイにしたりするものがある、という証拠があるのです。
大麻の世界では、テルペンへの関心が着実に高まっています。Project CBD は先ごろ、サティバおよびインディカと分類された大麻草の主な違いを明らかにするために分析化学の手法を用いた研究についての記事を書きました。その研究では、「サティバとインディカという呼称ははっきりと異なった遺伝系譜を意味している」という一般的な思い込みを裏付ける証拠はなく、またカンナビノイドのプロフィールという意味でもこのふたつの間には意味のある違いは存在しないということが明らかになりました。結局のところ、重要なのは、ファルネセン、ミルセン、オイデスモールを含むいくつかのテルペンで、それらは、テルペンよりもさらに研究が進んでいないフラボノイドと一緒になって、大麻草の味と効果を決めるのです。
科学者たちが、テルペンについて、また単に大麻に限らず薬草全体におけるテルペンの位置についての研究を進めるなかで、この魅力的な植物性化合物に関する新しい、ときに驚くような発見が毎週のように報告されています。
がんを殺し、脳を生かす?
βカリオフィレンはセスキテルペン(3つのイソプレンから構成されるテルペン 1 )で、黒胡椒の辛味として有名です。β カリオフィレンはまた大麻草、クローブ、ホップ、ローズマリー、オレガノ、シナモン、バジルその他にも含まれています。一般的な食品や香辛料の多くに含まれているため、この 20年ほど、特に 2008年に β カリオフィレンが CB2 受容体に結合することがわかり、初めての「食物性カンナビノイド」となってからは、科学的に大いに注目を集めています。
この1か月間で、β カリオフィレンに医療効果がある可能性を示す証拠に、さらに2つの新しい論文が加わっています。一つ目はイタリアの科学者が『Molecules2』誌に発表したもので、3種類の形の異なるテルペンと陶酔作用のないカンナビノイド CBD および CBC を含むヘンプの花穂からの抽出物が、トリプルネガティブの乳がん細胞株に対して毒性を示したというものです。この毒性は主に CBD によるもので、CBC とカリオフィレンがその作用を強化したと論文には書かれています。典型的なアントラージュ効果です。
その1週間後に『Journal of Food Biochemistry』に掲載された論文3 は、これとはまったく異なった作用、認知力の向上に注目したものです。Vidya Herbs というインドの企業と提携関係にある研究チームが、β カリオフィレンを 30% 含むように調整したブラックペッパーのエキスを、認知症の動物モデルを誘発する薬をあらかじめ与えたマウスに投与しました。すると、2つの行動試験によって、これらのマウスの認知力と空間記憶が用量依存的に回復したことがわかり、また認知機能の生物学的マーカーも改善し、脳においては抗炎症作用を発揮しました。これは興味深い結果ではありますが、論文の著者が、実験対象である抽出物(Viphyllin)を製造する民間企業と提携を結んでいること、また結論として堂々と「我々のデータは、Viphyllin を脳の健康と認知力向上のための機能成分/補助食品として摂ることを促すものである」と述べていることを考えると、少々用心して受け止める必要があります。
エンドカンナビノイド・システムを通して痛みをやわらげる
ほかにも二つの論文が、特定のテルペンにさまざまな形の痛みをやわらげる力があることを強調しています。その一つは2021年 10月に『Brazilian Journal of Medical and Biological Research』誌に掲載されたもの4で、ブラジルの研究チームが、イタリア学術会議所属のカンナビノイド研究の権威であるヴィンチェンツォ・ディ・マルツォ博士と協力して、コーヒー豆に含まれるジテルペン、カーウェオールの鎮痛効果をテストしたものです。
CB1 受容体と CB2 受容体の拮抗薬を投与することでわかったのは、カーウェオールはエンドカンナビノイド・システムを通じて——より具体的に言えば、内因性カンナビノイドであるアナンダミドを放出しそれが CB1 受容体を活性化することによって痛覚を抑制する、ということでした。「カーウェオールは新しい鎮痛薬の開発に使える可能性がある」と論文は結論しています。もっとも、私たちの多くはすでにこれを日常的に嗅いだり飲んだりしているわけですが。
もう一つの論文は、大麻草由来のテルペン、α ビサボロール(フローラルな香りで、カモミールにも含まれています)とカンフェン(「ツンとくる」と表現されることが最も多い香り)の、炎症性および神経因性の痛みを抑える作用についてのものです。『Molecular Brain』誌上で報告された5ところによれば、この二つの分子はどちらも、脳の T型カルシウムチャネルを調整することによって「幅広い鎮痛作用」を発揮することを著者らは明らかにしています。これは以前から、いくつかの植物性および内因性カンナビノイドの作用標的であることがわかっています。
抗生物質耐性菌と闘う
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、病院、ヘルスケア施設、その他、人と人が近距離で接触したり共通の器具や用品を共有したりする場所での重大な懸念です。皮膚を介してこの細菌に感染しても無害であることが多いのですが、一般的な抗生物質に耐性があるために治療は困難で、中には敗血症や死につながる場合もあります。
強力な抗菌作用を持つことがわかっているテルペンはたくさんあります——そもそも植物がテルペンを産生するのはそれが目的なのですから。チェコ共和国とイタリアの研究者のチームは『Natural Product Research』誌6 で、これまでその特性が解析されていなかった、コリウスという植物から採れる二種類のジテルペンが、MRSA に対する抗菌作用を示したと報告しています。
興味深いことですが、一般家庭の庭で観賞植物として使うために多様な品種が開発された、ごくありふれたこの園芸植物はまた、昔からメキシコの先住民がその精神作用を求めて食べてきたものです。民族植物学者リチャード・エバンス・シュルツ、化学者アルバート・ホフマン、民俗学者クリスティアン・レッチュは、その共著書『Plants of the Gods』の中で、コリウスは、同じくメキシコに自生する強力な解離性幻覚植物サルビア・ディビノラムと一部共通点があると述べています。サルビア・ディビノラムの活性成分はサルビノリンA という独特のジテルペンで、κ (カッパ) オピオイド受容体を介して作用します。
コリウスのテルペンは、抗菌作用に加えて精神作用があるのでしょうか? シュルツらは今から 20年前、画期的なその著書(初版は 1979年)の改訂版に「その化学的・薬理的性質についてはさらなる研究が必要である」と書いていますが、それは今も変わっていないようです。
Nate Seltenrich は、サンフランシスコのベイエリアに住む科学ジャーナリスト。環境問題、神経科学、薬理学を含む幅広いテーマについて執筆している。
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脚注
- テルペンは様々な数のイソプレン分子(またはイソプレン単位)で構成されており、ひとつのイソプレン分子には5つの炭素原子が含まれる。最も単純なテルペンはモノテルペンで、イソプレン単位2つと10個の炭素原子からなる。次に大きいのはセスキテルペン、次がジテルペン(イソプレン単位4個)、トリテルペン(イソプレン単位6個)、最も大きいのがテトラテルペン(イソプレン単位8個)。
- https://www.mdpi.com/1420-3049/26/21/6688/htm
- https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jfbc.13994
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8555452/
- https://molecularbrain.biomedcentral.com/articles/10.1186/s13041-021-008…
- https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/14786419.2019.1686371?journa…