人間の体内にあるエンドカンナビノイド・システム(ECS)は、大麻草(カンナビス)に含まれる化合物に反応することからそう呼ばれています。しかし、エンドカンナビノイド・システムを調節する作用があるのは大麻草だけではありません。さまざまな植物、あるいは一部の単細胞生物さえ、ECS に作用する分子を産生します。
イタリアとスウェーデンの科学者が共同で2019年に『Planta』誌に発表したレビュー論文は、「cannabimimetic(カンナビミメティック)」な、つまり「大麻に類似した」植物について述べています。これらの植物は大麻草とは違いますが、すべての脊椎動物に必須のものである ECS に作用する、興味深い化学成分を産生します。
論文では、全部でおよそ 50種類に及ぶカンナビノイド関連分子を産生する、数十種類の植物を取り上げています。それらの多くは昔から伝統療法で使われており、その医療効果は、疾病における ECS の根本的な役割について現在明らかになっていることとも一致しています。中には、人間の体内で産生される内因性カンナビノイド、アナンダミドと 2-AG を産生する植物さえあります。ただし、私たちの知る限り、カンナビノイド受容体を持つ植物はありません。
たとえば、マリゴールドをはじめ、結実する植物の多くに含まれるケルセチンは、体内の CB1 カンナビノイド受容体の発現を助長し、心臓血管系疾患や代謝異常を防ぐ食物栄養素として研究されています。ブドウ、ピーナッツその他に含まれるレスベラトロルもまた CB1 受容体に作用しますが、どういう効果を持つかはわかっていません。
ある研究によれば、人々がワインを飲む理由とも言われるレスベラトルは、細胞の表面の CB1 および CB2 カンナビノイド受容体の数を増加させます。別の研究では、レスベラトルが体内の内因性カンナビノイド量を増やし、それによって CB1 受容体の活性が高まって神経保護作用を発揮するということが示唆されています。2009年には、レスベラトルは CB1 と高い親和性があり、その働きを阻害するという論文が発表されたことがありますが、追跡研究で同じ結果が再現できなかったため、著者によって撤回されています。
その他の「大麻に類似した」植物:
植物性カンナビノイドに類似したもの
植物の中には、植物性カンナビノイドとほとんど同一で、ただしサイドチェーンだけが違う化合物を産生するものがあります。(THC と、THC のプロピル基同族体である THCV は、サイドチェーン以外は同一の構造をしていますが、THC が CB1 受容体を活性化するのに対し、THCV はその働きを阻害します。)大麻草のトリコームに含まれるおよそ 100種類ほどのマイナー・カンナビノイドと同様に、これらの分子のほとんどは、その働きが部分的にしかわかっていません。
- 蘚類や苔類の一部に含まれるペロッテチネン(Perrottetinene)という化合物は、THC よりもわずかにサイドチェーンが大きく、CB1 および CB2 受容体を活性化させます。
- カンナビジオール(CBD)の類似体(アナログ)のいくつかは、マメ科植物によって産生されますが、カンナビノイドとしての作用があるかどうかはわかっていません。これらの CBD 類似体は、ペロッテチネンのように、固定されて大きいサイドチェーンがあります。
- カンナビゲロール(CBG)は、ムギワラギク属の植物によって産生される場合があります。「代表的な」植物性カンナビノイドの一つが大麻草以外の植物によって産生される唯一の事例です。
- カンナビクロメン酸(CBCA)は、シャクナゲや真菌によって、競争関係にある他の真菌、バクテリア、ウイルスなどを殺すために産生されます。
内因性カンナビノイドを増強するもの
エンドカンナビノイド・システムで最も重要な要素であるカンナビノイド受容体は、代謝酵素と輸送体(脂肪酸と結合するタンパク質)を用いて内因性カンナビノイドの量を調節します。これらのタンパク質を標的として ECS に作用する植物性化合物はたくさんあります。
- アロエベラ、ダイズをはじめ、多くの植物が産生するケンペロールは、アナンダミドの分解を阻害し、遅らせます。
- ダイズ、アルファルファ、ピーナッツその他の植物はビオカニンAを合成します。ビオカニンAもまた FAAH がアナンダミドを分解するのを阻害します。
- ミドリサンゴに含まれるユーフォルは、内因性カンナビノイド 2-AG をモノアシルグリセロールリパーゼが分解するのを阻害します。抽出されたユーフォルは疼痛緩和に利用されます。
- α-アミリンと β-アミリンは、2-AG の分解を阻害し、膵炎モデルでその効果が示されています。どちらのアミリンも、イチジク、ユーカリ、ローカストベリー(マルピギス科の植物)その他の植物に含まれています。
CB2作動薬
CB2 は、炎症による損傷を防ぐ役割を持つカンナビノイド受容体です。CB2 を活性化することで、肥満、神経変性疾患、自己免疫疾患など、慢性炎症を伴う一般的な症状の改善に役立ちます。
- セラストロールは CB2 受容体を活性化し、抗炎症作用を発揮します。伝統的な漢方医学において、関節炎、アテローム性動脈硬化症、紅斑性狼瘡の治療にセラストロールが用いられるのはこのためと思われます。
- エキナセアに含まれる脂肪酸は、CB2 および関連した抗炎症作用のある受容体を活性化します。
- 木蓮の木の皮に含まれる、ホノキオールとマグノロールという2種類のポリフェノールは、CB2 受容体をわずかに活性化します。
両カンナビノイド受容体のリガンド
カンナビノイドの中には、1種類の受容体に作用するのではなく、CB1 受容体と CB2 受容体のどちらとも親和性のあるものがあります。THC と 2-AG はともに、両方の受容体に強く作用します。ある種の植物性化合物も同様です。
- 濃い色のベリー類のほとんどに含まれるシアニジンは、どちらのカンナビノイド受容体にも結合して神経保護作用を発揮します。ただし、シアニジンの代謝産物の中にはカンナビノイド受容体を阻害するものもあり、ベリー類にはエンドカンナビノイド・トーンのバランスを整える恒常性制御の作用があることを示唆しています。
- 果実を紫、黒、青などに色づかせるのはアントシアニンです。シアニジンの他、ペオニジンやデルフィニジンなどの化合物もまた、両方のカンナビノイド受容体と結合します。
- コウジカビから採れるアウログラウシンは、CB1 および CB2 受容体、さらにオピオイド受容体にも結合します。カンナビノイド受容体を活性化するのか阻害するのかはわかっていません。
CB1拮抗薬
CB1 受容体の作用を阻害することで、代謝に関連する症状のいくつかを緩和できる可能性が示されています。植物や食物に含まれる CB1 拮抗薬は、中枢神経系に副作用を起こすことなく胃腸に有益な作用をもたらすことができるかもしれません。
- 茶葉を煮ると、CB1 受容体の信号伝達を阻害し、インスリン、コレステロール、血圧の調節に役立つ可能性のあるカテキンというフラボノールが抽出されます。
- 人参に含まれるカロタトキシンは、正式にはファルカリノールと呼ばれます。これは CB1 受容体の逆作動薬、つまり、CB1 受容体の活性化を阻害するだけでなく、その信号伝達を通常のレベル以下に減少させます。
- 甘草は、その種類によっては 18β-グリチルリチン酸を産生し、内因性カンナビノイドであるアナンダミドと CB1 受容体の相互作用を減少させることで抗肥満効果を持つものがあります。
- アフリカに自生するボアカンガ・アフリカーナという低木は、非常に複雑な CB1 拮抗薬である、ボアカンギンと呼ばれる3種類の化合物を産生します。これは化学構造的には、西アフリカに自生する幻覚作用のある植物イボガから採れるイボガインに類似しています。
CB1拮抗・CB2作動薬
CB2 受容体の活性を増強すると同時に CB1 受容体を阻害するリガンドは、依存症や代謝疾患の治療に有望です。
- サンショウ属の植物の多くは、CB2 を活性化すると同時に CB1 受容体の作用を阻害する、γ‐サンショオールを産生します。大麻草に含まれる THCV にもこの2つの作用がありますが、γ‐サンショオールの分子は長く、柔軟で油分が多いため、構造的には植物性カンナビノイドである THCV よりも内因性カンナビノイドであるアナンダミドに似ています。
カンナビノイド受容体以外の受容体との結合
これらの植物性化合物が作用するのはエンドカンナビノイド・システムだけではありません。植物性カンナビノイドと内因性カンナビノイドは、遺伝子発現を調節する TRP チャネルや細胞核にある PPAR 受容体に直接作用しますが、TRP 受容体と PPAR 受容体はその他にもさまざまな植物性化合物の作用を受けます。
- アメリカシラカンバには、CB1、CB2 受容体と結合し、PPAR 受容体を活性化させるベツリン酸を産生するものがあります。
- アモルフルチンは CBG に似た分子で、多数の植物、とりわけムギワラギク属キク科の植物によって産生されます。アモルフルチンの中には、PPARγ の作動薬があります。
コショウ
西アフリカに自生するコショウ属はおそらく最もカンナビノイドとの類似性の高い科で、コショウ属の植物の多くがカンナビノイドの働きを調節する化合物を産生します。食卓でおなじみの黒胡椒に含まれるグイネエンシンは、内因性カンナビノイドの再取り込みを阻害し、遅らせることでエンドカンナビノイド・トーンを高めます。
黒胡椒にはまた、痛みと神経変性に関連する TRPV1 受容体を強力に調節するピペリンも含まれています。アナンダミドと CBD もまた TRPV1 受容体に作用します。
カヴァという名で知られる Piper methysticum も大麻草に類似した植物の一つです。カヴァは昔から、片頭痛、不眠症、月経異常、体重減少、ひきつけなどの手当に使われてきました。カヴァが産生する強力な化学物質は、CB1 受容体に結合するヤンゴニンをはじめとして多数あります。ただし、ヤンゴニンが CB1 受容体を活性化させるのか阻害するのかはわかっていません。
カンナビノイドについて話すときには、大麻草、多くの葉物野菜、黒胡椒などに含まれる β-カリオフィレンに触れないわけにはいきません。カリオフィレンは、CB2 受容体を強力に活性化させる、抗炎症作用のある化学物質です。直接的にエンドカンナビノイド・トーンに影響を与える食べ物の、最もわかりやすい事例の一つです。カリオフィレンが持つ抗炎症作用は、肥満、2型糖尿病、その他の代謝性合併症の治療に大いに役立ちます。イーサン・ルッソ博士によれば、「一日に、体重1キロあたりわずか4ミリグラムのカリオフィレンを食べることで抗炎症作用が発揮される」のです。
進化における役割
カンナビノイドは、生物の進化の上でどんな目的があって生まれたのでしょうか? もとは光合成細菌だったものが進化して生まれたシアノバクテリアのような単細胞生物でさえ、カンナビノイド受容体に作用する化学物質を産生します。ところがカンナビノイド受容体の進化はもっとずっと遅く、5億年ほど前のヒドラ(原始的な腔腸動物の一種)にできたのが最初でした。
なぜ植物が、結合する受容体もないのにカンナビノイドを産生するのかは、今もよくわかっていません。昆虫の中にも同じことをするものがいます。植物は、まだ私たちが知らない方法で、植物性カンナビノイドを使って自己調節をしているのかもしれません。人間の場合、エンドカンナビノイド・システムは恒常性を維持するシステムへと発達しました。日常のさまざまなストレスの中で健康を維持するための、ストレスに対抗する根本的なメカニズムです。
伝統医療
昨今は CBD が大流行し、ウェルネスにおける一大ブームとなっています。大麻草の成分のうちの一つである CBD に夢中になるのは時流に沿ったことかもしれませんが、植物療法には、現代人が抱えるさまざまな病気に効果のある無数の薬があるという事実を忘れないでください。
CBD あるいは THC という単一分子はどちらも、FDA に承認された医薬品になっています。けれども、精製された医薬品が、多成分からなる、全草から抽出された製剤よりも本質的に優れているわけではありません。カンナビノイドを用いた医療は、高 CBD の大麻草をはじめ、何千年も前から薬として使われてきたさまざまな薬草を組み合わせた伝統的な知識や民間医療という土台の上に築かれるべきです。
薬草のすべてが安全というわけではありませんが、少なくとも薬草は昔から医療に使われて役に立ってきたという長い歴史があります。一方、比較的新しい医薬品開発は、より強い副作用や抗生物質耐性、難治性の変性疾患など、私たちを袋小路に追い詰めています。薬草の神殿に大麻草を再び迎え入れると同時に私たちは、はるか昔から人間を支えてきた「自然のまま」の植物を大切にすべきなのです。
Project CBD のチーフ・サイエンス・ライターであるエイドリアン・デヴィット・リー( Adrian Devitt-Lee)は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの化学研究員。
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