現存する医薬品や治療法が精神疾患の治療に不十分であるということは以前からわかっていることです。そして、患者の気分が躁の状態とひどいうつの状態との間を制御不能な形で行き来し日常生活に支障をきたす精神疾患、双極性障害では特にそれが顕著です。双極性障害の患者の多くは、生きている事自体が耐えられない苦痛となり、25〜60% の人が一度は自殺を図ります1。
双極性障害患者のほとんどは、リチウムといった精神安定剤、抗うつ薬、抗精神病薬、抗不安薬、抗けいれん薬、それに睡眠薬などを含むさまざまな薬の組み合わせを処方され、薬の影響で通常の生活ができなくなることもしばしばです。双極性障害患者の 89% が、この病気のせい(と薬のせいもあることは間違いありませんが)でひどい機能障害があると訴えており、他の精神疾患よりもその率が高くなっています2。
そこで患者はしばしば、大麻やアルコールを自己治療のために使うわけですが、医療従事者はおしなべてそれに反対します3。実際、不安神経症やうつ病といった疾患に対しては普段から大麻を処方する医師ですら、ほとんどの場合、双極性障害の患者となると大麻を処方しようとはしません。理由として彼らが挙げるのは、躁病エピソードが悪化する危険性や精神病発症の危険性が高まるということです4。
ところが、患者や数少ない先駆的な医師からは、高 CBD の大麻草に、双極性障害の症状管理における最終目標である気分の安定を含む、人生が変わるような治療効果があったという事例が報告されています。
双極性障害とは何か?
以前は躁うつ病と呼ばれていた双極性障害は、青年期に発症することが多いですが、どんな年齢でも起きうる病気で、アメリカ人の 3% が双極性障害を患っています。
最初のエピソードから双極性障害と診断されるまでには平均8年かかり5、若い人の場合は ADHD(注意欠陥・多動性障害)と誤診断されることもあります6。ただしいったん診断が下ると、双極 Ⅰ 型障害(1つの躁病エピソードの前か後に軽躁エピソードまたは大うつ病エピソードが起き、精神病を発症する場合もある)と双極 II 型障害(大うつ病エピソードと、最低1回の軽躁エピソードは起きているが本格的な躁病エピソードは起こしたことがない)に分類されます。
双極性障害は複雑な病気なので、患者には複数の医薬品が処方されますが、その中には特定の症状を悪化させたり、患者をゾンビのような気分にさせるものがあります。
双極性障害とドーパミンとエンドカンナビノイド・システム
なぜ双極性障害が起きるのかは完全にはわかっていませんが、一般的に考えられている仮説の一つでは、ドーパミン作動系が均衡を欠いていることが一因とされ7、ドーパミンの過剰な伝達が躁状態を引き起こし、ドーパミン輸送体の数が増えることでドーパミン作動性機能が低下してうつ状態が起こります。ドーパミンは、快感、動機、学習に関与する神経伝達物質です。
エンドカンナビノイド・システムが人体のマスター・レギュレーターとして機能し、神経系、そして身体全体のホメオスタシスを維持しているということは、一般に科学者の間で認められています。その中には、入ってくる情報に対する「重要なフィルター」として中脳で局所的に働き、ドーパミン神経細胞に伝達される情報を形作る、という役割も含まれます8。
エンドカンナビノイド・システム内に何らかの異常があることと双極性障害に因果関係があるかどうかは不明ですが、『内因性カンナビノイドによるドーパミン神経伝達の調整(Endocannabinoid Modulation of Dopamine Neurotransmission)』という論文の著者らは、「内因性カンナビノイドを用いた療法は、中脳ドーパミンの異常が関係している障害の治療に役立つのではないか」と述べています。余談ですが、CBD はドーパミン D2 受容体のパーシャルアゴニスト(部分作動薬)であり、研究者らは、それが CBD が持つ抗精神病作用の理由の一部ではないかと提唱しています9。
2019年に発表された論文『双極性障害とエンドカンナビノイド・システム(Bipolar Disorder and the Endocannabinoid System)』10 にまとめられたより最近の研究の方向性は、双極性障害を含む多くの気分障害には炎症が関係しているということを前提とし、双極性障害の症状を抑えるためには、免疫調整効果があると考えられている11 CB2 カンナビノイド受容体が治療標的となる可能性を示唆しています。
研究によれば、双極性障害患者の躁状態とうつ状態においては炎症性サイトカインの体内濃度が高まり、ニュートラルな状態に戻ると平常に戻ります12。
そこで研究者らは、CB2 受容体を作用標的とし CB1 受容体の選択的拮抗薬を使うことで炎症を軽減させれば、「エンドカンナビノイド・システムの調整をベースにした双極性障害の薬物療法に大きな進歩をもたらす可能性があり、まったく新しい治療戦略を提供して、双極性障害の症状を管理するための手段の選択肢が広がる」と結論しています。
ある患者の場合
カリフォルニア州ロックリンに住む現在 62歳のダイアン・グリーンに最初に双極性障害の症状が現れたのは、彼女が 15歳のときでした。でも、正しい診断が下るまでには 20年以上かかりました。
ダイアンの人生で大切だったもののほとんどは、双極性障害によって破壊されてしまいました——受けた教育も、家族との関係も、結婚も、看護師としてのキャリアもです。
「双極性障害で投薬治療を受けていて、一つ確かに言えることは、それが生活のあらゆる面に影響するということ….。それがすべてを奪うということよ」とダイアンは言います。
38歳で双極性障害の診断を受ける前、ダイアンは、お酒と、ときには大麻を使った自己治療で興奮を鎮めようとしました。でも、ときに感情を暴力的に爆発させたり、興奮したり、落ち込んだりといったことは一向になくならず、ダイアンは必死で助けを求めていました。
「一度など、警察に電話もしました」とダイアンは振り返ります。「警察官が来て、私は必死で『お願いだから精神病院に連れて行って』と言ったんです。警官が、酒を飲んでいるか、と訊くからはいと答えたの。そうしたら警官は『入院させてくれないよ』と言ったけど、私はかまわずパトカーに乗ったわ」
やっと双極性障害と診断され、色々な意味でホッとはしたものの、彼女には人生の次の段階が待っていました——処方されたさまざまな医薬品の副作用に耐えなければならなかったのです。
「薬を摂るのはそれ自体が悪夢よ」とダイアンは言います。「副作用のひどさには驚いたわ。霧に包まれているような、それはひどい状態でした」
事実、ダイアンによれば、処方された薬は彼女のうつ病エピソードを改善するどころか逆に悪化させました。
「一度、うつがひどくてベッドからほとんど起きられない状態になったときに薬を処方されたの。うつ病のエピソードは止まらなかったわ、少しは軽くなったけど。躁とうつを激しく行ったり来たりする繰り返しは変わらなかったんです」
CBDに救われる
ダイアンは、ものすごく落ち込んでいたあるとき、CBD オイルを試すことにしました。
「CBDオイルを摂って 45分くらいしたら、自分が落ち着いていることに気がついたの」とダイアンは言います。「リラックスして。何となく何かがいい感じでした——気分が落ち込んでいなかったからだと思うわ」
この結果に喜んだダイアンは、CBD を毎日摂り始め、やがてゆっくり慎重に、処方薬をやめました(これは医師の監督の元で行うべきです)。ひどい副作用から解放されて、ダイアンはようやく再び生活を楽しめるようになったのです。
「朝、スッキリした頭で目覚めて散歩に出かけ、空気を感じたり自然を目にしたときの驚きを覚えているわ」と嬉しそうにダイアンは言います。「そして、頭がクリアでいることが私にとってとても大切なことになったの。CBD はバランスを整えてくれるように感じるの。だから症状があまり出ないのよ。自分が双極性障害であることを忘れることもあるくらい」
自分にぴったりの製品と摂り方がわかるまでには、色々な CBD 製品を使ってみるなど多少の試行錯誤が必要でした。面白いことに、少なくとも彼女にとっては、高 CBD の大麻全草よりも、CBD アイソレートを 33 mg ずつ一日2回摂るほうが、症状の抑制には効果的でした。
双極性障害に振り回された人生を振り返り、ダイアンは、もっと早く CBD を見つけていたら、と思います。
「キャリアが欲しかったから夢も希望もあったわ。大学の頃は人生に期待し、いつか結婚して、完璧な家で完璧な子どもを育てるつもりだった….。それがみんな、ゆっくりと奪われていくの。どうしようもないのよ。もし CBD が使えていたら、障害認定を受けなくて済んだと思うわ」
ある医師の体験
統合医療の医師、デボラ・マルカ(MD)は、長年にわたってたくさんの双極性障害患者を診てきました。実は彼女は、双極性障害の症状の緩和に医療大麻を勧める、世界でも数少ない医師の一人です。
その著書『Medicinal Cannabis: Pearls for Clinical Practice』の中でマルカ博士は、高 CBD の大麻に良い反応を示した双極性障害患者の症例を多数紹介しています。また Project CBD とのやり取りの中で、双極性障害の治療に大麻を使うのは、単に躁状態とうつ状態に合わせて CBD と THC を交互に使うというだけではない、とも述べています。
「双極性障害の患者を 10人ほど診ています。そのほとんどが、気分を安定させるために継続して何らかの CBD 製品を使い、実際に気分の上がり下がりを防ぐというやり方に最も良く反応しました」
マルカ博士によれば、CBD には抗けいれん作用があることが証明されており、抗けいれん薬はリチウムといった薬を補完するために双極性障害患者に処方されることが多いことを考えると、CBD に気分を安定させる効果があるのは驚くことではありません。
「CBD の抗けいれん作用は、おそらくはセロトニン、ドーパミンの不安定性に本質的な影響を与え、実際に双極性障害の患者のそれらをより適度な範囲内に整えるのだと思います」
でもマルカ博士にとって、CBD は物語の終点ではありません。博士は、大麻草に含まれる化合物が、多数の医薬品を使っても制御できない複雑な双極性障害の症状に対してさまざまな治療効果を発揮し、しかも恐ろしい副作用もないということを強調することが重要だと考えています。
マルカ博士の経験によれば、交互に起きるエピソードを抑制するにはテルペンが重要な役割を果たし、博士は、躁状態のときに患者を落ち着かせ睡眠を改善させるミルセンと、うつ状態に陥った患者に元気を出させる α-ピネンやリモネンがお気に入りです。
THC を使うときに気をつけるべきこと
双極性障害の患者によくある睡眠障害の解消のために、ミルセンを含む高 THC 品種を使うことはありますが、博士は、患者が躁状態にあったり自殺念慮があるときに THC を使うことは勧めません。
「自殺念慮があったり気分がとても落ち込んでいると、気持ちを高揚させる高 THC の大麻を摂りたくなるものだけれど、摂りすぎれば物の感じ方が変化して、理性的に物を考えなくなり、頭が混乱してしまいます。大麻に慣れていない人は特にね。THC を摂りすぎると実際、精神病的な体験をすることがありますから、それは困るんです」
症状の悪化を防ぐためには、双極性障害の患者は気分の上がり下がりを抑制するために大麻を試す前に、経験豊富な医師の助けを求めるようマルカ博士は勧めます。
「慣れていない患者には、大麻は安全ではありません」と博士は強調します。「THC の摂りすぎは、特に気分障害のある人には危険です。どうか勝手に大麻を使わず、プロの助けを求めてください」
予備的臨床試験の結果
統合失調症に対する抗精神病薬としての使用13をはじめ、さまざまな気分障害に対する CBD の効果が話題になっている今、CBD が双極性障害にも効果を持つかどうかを調べる予備臨床試験が行われているというのも頷けます。以前のレビュー論文 14 で、双極性障害に対する CBD の効果についてはエビデンスが希薄であった15にもかかかわらずです。
残念ながら、ご紹介できる確固とした結果はまだありません。ブラジルで行われた小規模な試験16は、 COVID のために中止されましたが、36名の双極性障害患者に 150〜300 mg の CBD または偽薬を 12週間にわたって投与し、うつと不安感の症状と炎症のバイオマーカーが改善するかどうかを評価するものでした。試験は予定より早く終了しましたが、研究チームは結果を学術誌に提出し、査読が行われており、願わくば論文として掲載されるのを待っているところです。
現在サンディエゴで参加者を募集中の臨床試験17では、600 mg のエピディオレックス(CBD 医薬品)を一度、5 mg のドロナビノール(合成 THC)または偽薬と一緒に 144名の双極性障害患者に投与して、「双極性障害に関係のある、たとえば興奮、意思決定、認知制御、衝動の抑制、時空知覚(時間の感覚)といった認知領域」を評価すると同時に、内因性カンナビノイドであるアナンダミドと、脳内のドーパミン活性を示すホモバニリン酸を計測するものです。
ただしこの試験の目的は、双極性障害に対する治療法としてのカンナビノイドの可能性を探るためというよりも、なぜ双極性障害患者の多くが薬物に依存しているのかを理解するためのものであるように見えます。
医療従事者の間には、大麻と双極性障害に対するスティグマが依然として存在しているように見えます。高 CBD の大麻草、あるいは純粋な CBD の処方がメンタルヘルスの臨床医や精神科医に受け入れられるためには、さらなる臨床試験が必要でしょう。
イギリス在住のメアリー・バイルズ(Mary Biles)は、ジャーナリストであり、エデュケーターであり、Project CBD の寄稿者で、著書に『The CBD Book』(Harper Collins, UK)がある。
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