睡眠とは — 概観
睡眠は私たちの健康には欠かせませんが、その存在の生物学的な目的は完全にはわかっていません。奇妙なことに、眠る、という一見何もしていないかのような状態は、実際には、私たちが記憶を保存したり、免疫力をつけたり、細胞組織を修復したり、代謝や血圧を調節したり、食欲や血糖値をコントロールしたり、学習したり、その他無数の生理的課程を助ける能動的なプロセスなのです。そしてそれら生理的過程のすべてを、エンドカンナビノイド・システム(ECS)が調節しています。
国立衛生研究所に属する国立神経疾患・脳卒中研究所によれば、最新の研究は、「睡眠には、起きている間に脳に蓄積する有毒物質を取り除いて健康に保つ」役割があることを示唆しています。
アメリカでは、健康問題として睡眠障害を訴える人が最も多く、重大な公衆衛生問題になっています。平均的な成人は、一日に7時間から8時間の睡眠を必要とします。ところが、アメリカ人のうち、十分な睡眠をとっていない人が 1,000〜3,000 万人に及ぶのです。
またアメリカ人の 60% は、週に数回眠れないことがあると言っています。4,000万人を超えるアメリカ人が、70種類以上の睡眠障害に苦しんでいるのです。睡眠に関連する最も一般的な疾患は次のようなものです。
- 不眠症 — 寝付けない、または途中で目が覚めてしまう
- 睡眠時無呼吸 — 睡眠中の呼吸異常
- レストレスレッグス症候群 — 夜、脚がしびれたり、不快感があったり、痛みがあったりして、動かすと楽になる
- 概日リズム障害 — 体内時計が狂い、睡眠パターンに障害が出る
- 睡眠時随伴症 — 夢遊病、悪夢を含む、睡眠中の異常行動
- 日中の過度な眠さ — ナルコレプシーまたはその他の疾患に起因する日中の持続的な眠気
睡眠の質が良くないのは、深刻な疾患の危険因子です。十分に睡眠が取れている人と比べ、成人で睡眠時間が短い人(24時間中7時間以下)は、肥満、心臓病、糖尿病、関節炎、脳卒中、うつ病を含む 10種類の慢性疾患のうち一つかそれ以上に罹る危険性が高まります。
また慢性疾患がある人は不眠症に罹りやすく、それが症状をいっそう悪化させます。低酸素症(動脈血中の酸素が以上に少なくなる状態)や呼吸困難(息切れや息苦しさ)の原因となる疾患、胃食道逆流症、疼痛、神経変性疾患などが併存している場合、不眠症を発症する危険性は 75〜95% 高まります。
死を招く薬
市場調査会社 MarketsandMarkets によれば、2016年、処方される鎮静薬および睡眠薬と、処方箋なしで買える睡眠薬、そして睡眠補助用のハーブにアメリカ人が費やした金額は、33億 8,000万ドル(約 3,700億円)にのぼります。こうした製品の市場規模は、2021年まで約 4.5% の成長率で拡大すると予測されています。
夜ぐっすり眠れないと、健康に害を与える可能性があります。Scripps Clinic Vitebri Family Sleep Center の共同創設者で、睡眠の専門家であるダニエル・F・クリプキー医師は、「睡眠薬は死亡率、感染、うつ病、がんの危険性を高め、有効性はない」と題された論文の中で、睡眠補助薬の危険性について論じています。
クリプキー医師は、ゾルピデム(日本での商品名はマイスリー)、テマゼパム(日本未承認)、エスゾピクロン(日本での商品名はルネスタ)、ザレプロン(日本未承認)、トリアゾラム、フルラゼパム(日本での商品名はダルメート、ベジノール)、クアゼパムといった催眠薬や、その他のバルビツール酸系催眠薬を含む、処方睡眠薬に関する 40 の論文をレビューしました。そのうち 39 の論文が、催眠薬の摂取と超過死亡率には関連があるとしており、催眠薬の使用者は死亡リスクが 4.6 倍程度でした。
恐ろしい数字ですが、検視官のデータによれば、毎年、催眠薬が直接の原因である死亡件数は1万件に及びます。でも、大規模な疫学調査は、実際の死亡者数は年間 30〜50 万人に近いという可能性を示唆しています。この差はどこから来るかと言うと、死亡時に催眠薬を使用していたことが報告されないケースが多いこと、また処方された催眠薬が死因として記載されることは非常に稀であることが挙げられます。
クリプキー医師は、睡眠薬はたとえ用量が低くても「翌日の身体機能の低下」の原因となり、「運転者側に責任がある」交通事故の増加や、特に高齢者における転倒や不慮の怪我の増加につながり、また偽薬を与えられた患者と比較するとうつ病の発病率が 2.1 倍になり、自殺の危険性も高まると結論しています。さらに、どちらも用量依存性の呼吸抑制剤である催眠薬とオピオイド系鎮痛薬を併用すると非常に危険であり、そこにアルコールやその他の薬物が加われば危険性はさらに高まります [1]。
憂慮すべきデータ
気がかりなことはまだあります。対照臨床試験のデータを見ると、催眠薬を投与された被験者群で 12件のがんの発症があったのに対し、偽薬を与えられた対照群ではがんの発症はゼロだったのです。(FDA が同様の検証を行ったところ、がんの発生件数は 13件でした。)ただし、催眠薬がこれらのがんの発生の原因だったのか、それともすでに発生していたけれども検知されていなかったがんの成長を催眠薬が促進したのかは不明です。動物実験とインビトロ(試験管/ペトリ皿)実験の結果もまた、催眠薬にがんの成長を促す可能性があることを示唆しています。より詳しくは、クリプキー医師のウェブサイトをご覧ください。
こうしたリスクに加え、ランダム化プラセボ対照臨床試験のメタデータは、催眠薬群の被験者は感染病罹患率がプラセボ群と比べて 44% 高いことを示しています。
では、市販されている睡眠補助薬はどうでしょうか? やはり副作用はあります。またそうした睡眠薬の多くは、抗ヒスタミン作用のあるジフェンヒドラミンを主成分としています。それによって眠れるようにはなるかもしれませんが、本当の安眠が得られる可能性は低いのです。
Project CBD とのEメールのやり取りの中でクリプキー医師は、「ジフェンヒドラミンの使用とアルツハイマー病の発症には関連性がありますが、どちらが原因でどちらが結果なのかはわかっていません。よく知られているジフェンヒドラミンの特徴の一つは、抗コリン作用(神経伝達物質アセチルコリンの働きを阻害する働き)があり、ときとして心臓関連の症状や、便秘など消化器関連の症状を引き起こすということです。また患者の中には、夜ジフェンヒドラミンを摂ると日中に過度の眠気に襲われる人もいます」と述べています。
市販の睡眠補助薬にはアセトアミノフェンを含むものも数多くありますが、アセトアミノフェンは治療域の狭い鎮痛薬です。つまり、ある用量では治療効果がありますが、ちょっとでもそれを上回ると肝臓に有害なのです。消費者は往々にして、こうした薬の注意書きを読まず、酒や他の薬と一緒に摂取します。それが、肝臓毒性や死亡原因となる呼吸抑制を引き起こすのです。
市販の睡眠薬は、たまに短期的に使用することを意図したものであって、決して2週間以上連続して使用するものではありません。学術誌に掲載される論文の中で言及されることはあまりありませんが、市販の、また医師に処方される睡眠補助薬を使う人は、いったん使い始めるとなかなかやめることができません。
睡眠段階
睡眠には2種類あります。3つのステージに分かれるノンレム睡眠(NREM)と、それ自体が1つのステージであるレム睡眠(REM)です。これらすべてを含む睡眠周期は一晩に5回から6回起こります。最初の睡眠周期は 70〜100分、残りの睡眠周期はそれぞれ 90〜120分かかります。 National Institute of Neurological Disorders & Stroke は、睡眠の各ステージを次のように定義しています。
- ステージ1・ノンレム睡眠は、目が覚めている状態から睡眠状態への移行段階です。数分間という短い時間の比較的浅い眠りで、心拍数、呼吸、眼球運動がゆっくりになり、筋肉が弛緩して、ときおりピクピク動くことがあります。脳波も日中の覚醒状態から徐々に減速します。
- ステージ2・ノンレム睡眠は、より深い眠りに入る前の浅い眠りです。心拍数と呼吸が遅くなり、筋肉はさらに弛緩します。体温が下がり、眼球運動が止まります。脳波の波長も長くなりますが、短い電気活動が起こります。睡眠周期において、他のステージに比べて継続時間が長いステージです。
- ステージ3・ノンレム睡眠は深い眠りで徐波睡眠とも呼ばれ、朝目覚めたときにスッキリ感じるためにはこの睡眠が必要です。睡眠時間の前半の方がこのステージが長く継続し、心拍数と呼吸が睡眠中で最も遅くなります。筋肉は弛緩し、脳波の波長がさらに長くなり、起こしてもなかなか起きません。身体が成長・発達し、筋肉組織が回復し、免疫機能が高まり、翌日の活動のエネルギーが生まれるのがこのステージです。
- ステージ4・レム睡眠は、入眠後 90分ほどで最初に起こります。閉じた瞼の後ろで眼球が左右に急速に動きます。脳波には色々な波長が混合して現れ、起きているときの状態に近くなります。呼吸は早まり、不規則になって、心拍数と血圧も覚醒時の状態に近づきます。ほとんどの場合、夢を見るのはレム睡眠の間です(ただし、ノンレム睡眠の間に夢を見ることもあります)。手脚の筋肉は一時的に麻痺し、夢で見ていることを行動に移すのを防ぎます。前日に学んだことを消化し、記憶を統合するのはこの睡眠段階です。加齢とともに、レム睡眠の時間は短くなります。
エンドカンナビノイド・システムと睡眠
従来の催眠薬には問題があるため、エンドカンナビノイド・システム(ECS)を標的として睡眠を改善する方法が模索されています。ECS は人間の生理的ホメオスタシスの調節において最も重要な役割を担っており、睡眠周期その他の概日的プロセスにも深く関わっています。
イタリアの研究者ヴィンチェンツォ・ディ・マルゾー(Vincenzo Di Marzo)博士は、エンドカンナビノイド・システムの持つ幅広い調節機能を、「食べる、眠る、休む、護る、忘れる」という言い方に集約しています。
私たちが眠りに入り、睡眠状態が継続し、目覚め、日中目覚めたままでいる、というのは、体内の概日リズムとエンドカンナビノイド・システムによって調節される生物学的プロセスの一部です。概日リズムは、ホルモンの産生、心拍数、代謝、いつ眠りいつ目を覚ますか、ということを含むさまざまな身体機能を司っています。
それはまるで、私たちの身体の中に生化学的なタイマーがあって、睡眠の必要性を把握し、身体を眠りに導き、眠りの深さに影響を与えているかのようです。この生物学的メカニズムは、旅行、薬、食べ物、飲み物、周囲の環境、ストレスその他さまざまな外的要因の影響を受けます。
重要な問題は、エンドカンナビノイド・システムが概日リズムを調節しているのか、それともその逆か、ということです。
睡眠・覚醒サイクルに従って、内因性カンナビノイド(脳が産生する大麻と類似した分子)であるアナンダミドと 2-AG の量が、これらを生成・分解する代謝酵素の量とともに変化するということは、エンドカンナビノイド・システムと概日リズムの間に強い関係があるという証拠です。
アナンダミドは、夜間の方が脳内に多く存在し、内因性神経伝達物質オレアミドとアデノシンとともに睡眠を引き起こします。それとは逆に 2-AG は日中の方が量が多く、覚醒状態に関与していると考えられます。
睡眠・覚醒サイクルは非常に複雑で、神経系統に影響を与えるさまざまな物質や分子経路が関わっています [2]。アナンダミドと 2-AG はどちらも、睡眠の調節に関わる脳の部位を含む中枢神経系に数多く発現している CB1 カンナビノイド受容体を活性化します。
CB1 受容体は、神経伝達物質の分泌を調節し、ニューロンの活動が過剰であればそれを抑制することによって、不安感、疼痛、炎症を軽減させます。したがって、CB1 受容体の発現が睡眠を安定させるための鍵なのです。
ただし、主に免疫細胞や末梢神経系、代謝組織に発現している CB2 受容体に関してはこれは当てはまりません。CB1 受容体の発現は概日リズムに従って増減しますが、CB2 受容体についてはそのような変動は見られないのです。
睡眠障害の研究や治療の難しさは、睡眠障害がさまざまな慢性疾患の症状として現れることによっていっそう複雑化しています。多くの場合、眠りの質が低いことは慢性疾患につながり、慢性疾患には必ずその根底にエンドカンナビノイド・システムのバランスの乱れや調節異常があります。ECS と概日リズムの関係についてはまだまだわからないことが多いのですが、質の良い睡眠を十分に取ることが健康の回復と維持に欠かせないことは明らかです。
眠るための大麻
カンナビノイドは昔から、眠気を誘い、睡眠を継続させるために使われてきました。18世紀に出版された有名な医学書『マテリア・メディカ』には、大麻は「narcotica(眠気を誘うもの)」「anodyna(鎮痛薬)」として掲載されています。1843年にウィリアム・B・オショネシー(William B. O’Shaughnessy)卿によって大麻が西欧医学に再び導入されると、睡眠障害に対する「インド大麻」の治療効果の研究が始まりました。
「これまで使われてきた麻酔薬の中で、インド大麻は自然な睡眠に最も近い眠気を催させ、血管の異常な興奮も、特定の分泌活性を阻害することも、危険な反応を引き起こす恐れも、使用後に麻痺が起こることもない」— 1860年、ドイツ人科学者ベルナルド・フロンミューラー(Bernard Fronmueller)はそう記しています。
フロンミューラーはその9年後、睡眠障害の患者 1,000人に大麻を使ったところ、53% は睡眠障害が完治し、21.5% で一部症状が改善し、効果がほとんどあるいはまったくなかった人が 25.5% であったと報告しました。
現在も、睡眠障害に悩む人の多くが大麻に救いを求めています。睡眠の質が悪かったり睡眠不足だったりすると、たった一晩で身体に生理的な変化が起こり、反応時間が長くなったり、認識能力が低下したり、エネルギーが不足したり、疼痛や炎症が悪化したりし、また食べ過ぎや、高脂質・高炭水化物の「コンフォート・フード」への渇望が高まることもしばしばです。
2014年に発表された研究(Babson et al.)は、10年以上大麻を使用しているユーザーのおよそ 50% が、睡眠を助けるために大麻を使っていると述べています。医療大麻患者の間では、48% が、不眠症のために大麻を使っています。
また別の研究(Roth, 2007)では、不眠症患者の 40% が不安神経症やうつ病、あるいは別の精神疾患を抱えていました。気分障害のある人は大麻によって睡眠が改善される割合が最も高く、 93% を占めている(Babson & Bonn-Miller, 2014)と言ったらあなたは驚きますか?
「よく眠れば悲しみはやわらぐ」と言ったのはトマス・アクイナスでした。
CBD, THC, CBN
具体的な植物性カンナビノイドは睡眠に対してどんな効果があるでしょうか?
カンナビジオール(CBD)は、中程度の用量では軽い覚醒作用がありますが、精神作用のある Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)は鎮静作用を発揮する傾向があります。ただし、科学的なデータは少々矛盾しています。
研究のデータとさまざまな事例報告はいずれも、CBD と THC が睡眠に与える影響は一つではないということを示しています — どちらも用量次第で、覚醒作用または鎮静作用があるのです。
大麻が睡眠に及ぼす作用に関する研究結果に相反するものがある原因の一つは、CBD と THC に二相型の用量反応があることかもしれません [3]。
低用量の CBD に覚醒作用があることは、CBD が、ナルコレプシーその他、日中の過度の眠気の治療薬として使える可能性を示しています。
不思議なことに CBD は、眠気を払うことができる一方でまた入眠の手助けにもなります。不眠症に関する研究では、CBD を 160 mg 摂取したところ、夜中に目が覚める回数が減り、合計睡眠時間が増加しました。これは、高用量の CBD が睡眠の質と時間を改善できることを示唆する結果です。
不眠症に対する従来の精神科治療に代わる安全で効果的な代替治療として有望であることが示されただけでなく、CBD にはまた、鮮明で強烈で、ときに暴力的な夢を行動に移してしまう、レム睡眠障害(RBD)の症状を軽減させることもできます。予備的な研究では、パーキンソン病と RBD を併発している患者に対する CBD の効果が検証され、結果は有望でした。
閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)は、アメリカの成人の 9% という高い罹患率のある睡眠呼吸障害です。動物モデルを使った研究では、THC および内因性カンナビノイドであるオレアミドには、睡眠時無呼吸が起こる回数を減少させる効果がありました。臨床研究では、FDA に承認された合成 THC であるドロナビノールが睡眠時無呼吸を減少させ、安全で、忍容性も高いことが示唆されています。
さらに、古くなった大麻に含まれることが多いカンナビノール(CBN)は、THC と一緒に摂ると THC の鎮静作用を強めると言われています。ただしこれは科学的事実というよりも現代の大麻神話である可能性もあります。
疼痛と睡眠
よく眠りたいということの他に、疼痛の緩和も大麻を使う理由としてよく挙げられます。慢性疼痛はアメリカの成人の 20% が苦しんでいる大きな公衆衛生問題であり、患者の多くはまた睡眠にも問題を抱えています。痛いから眠れないのか、眠れないことが疼痛のきっかけになっているのかがわかりにくいこともあります。
疼痛の緩和とより良い睡眠の両方を求めている人には、カンナビノイドや大麻に含まれるその他の成分が役に立つかもしれません [4]。「大麻、疼痛、睡眠—大麻由来製剤 Sativex® の臨床試験から学んだこと」と題された論文(Russo et al.)は、疼痛と睡眠に対するさまざまなカンナビノイドの組み合わせの効果を検証した 13 の研究を要約しています。
特に興味深いのは、24人の多発性硬化症患者を対象とした第 II 相試験で、Tetranabinex(高 THC 製剤)、Nabindolex(高 CBD)、Sativex®(THC:CBD がほぼ 1:1の舌下スプレー)という3つの製剤を比較したものです。
カンナビノイドの比率が違うと効果も異なっていました。「プラセボと比較して、CBD が主成分の製剤は疼痛を有意に緩和させ、THC が主成分の製剤は疼痛、筋肉のけいれんや痙縮に有意の効果があり、THC と CBD を組み合わせた製剤(Sativex®)は筋けいれんと睡眠を有意に改善させた」のです。
著者らは、CBD と THC の組み合わせ(それぞれ 15 mg ずつ)が「睡眠を相乗的に改善した」と結論しています。この論文で検証された 13 の研究のうち、睡眠の改善に効果があったのは7つでした。そのうちの6つは、CBD と THC を 1:1 で含む Sativex® を使ったもので、カンナビノイドの均衡がとれた製剤は、慢性疼痛のある患者の睡眠を改善させるということがわかりました [5]。
忘れることで得られる恩恵
大麻はまた、PTSD に苦しむ人たちにも広く利用されています。イスラエルで行われた小規模な非盲検試験では、5 mg の THC を一日に2回喫煙すると、睡眠が改善され、悪夢を見る頻度が減少しました。これは、THC を模倣した合成製剤であるナビロンを使った試験の結果とも一致しています。
私たちは眠っている間に記憶を処理しますから、PTSD に苦しむ人、特に悪夢を見る人にとって、大麻あるいはカンナビノイドを使用してぐっすり眠れることが助けになるというのは理にかなっています。
大麻の使用は一見、単なる PTSD に対処するメカニズムに見えるかもしれませんし、医学文献の中にはそうしたネガティブな特徴付けをしているものもあります。これまでのところ、大麻と PTSD に関する研究は依存症という角度、つまり「PTSD の患者が大麻を使うと依存症になるのではないか?」という観点から行われたものが大半ですが、今後はそれも変わっていくかもしれません。
トラウマを経験すると、苦痛を伴う記憶を忘れるという正常なプロセスが何らかの理由で機能しなくなりますが、そのプロセスにはエンドカンナビノイド・システムが重要な役割を果たしている、ということを考慮せず、依存症という枠組みの中だけで行う研究には限界があることに気づく研究者が増えています。
ときには、THC その他の植物性カンナビノイドによって PTSD の症状が十分に改善され、患者がトラウマの原因となった記憶を理解するという作業に着手し、癒やしのプロセスを始めることができる場合もあります。でもそれは質の良い睡眠が十分に取れて初めてできることなのです。
「眠れないと、世界はあっという間にまるで地獄のようになる」と言うのは、米国海軍の退役軍人アル・バーンです。
退役軍人や性的虐待の被害者の多くが、PTSD に伴う症状の改善のために大麻を使っています。また2016年に報告された症例は、高 CBD オイルが、PTSD に苦しむ少女の不安感と睡眠を改善したことを実証する臨床データを提供しています。
幼いときに性的虐待を受けたこの 10歳の少女には、医薬品はほとんど効果がなく、ひどい副作用がありました。ところが高 CBD オイルを使ったところ、「不安感が軽減され、睡眠の質と睡眠時間が着実に改善された」のです。
これは特別な例ではありません。高 CBD オイルは近年、大手製薬会社の医薬品に代わって不安感や睡眠障害を緩和する治療法として人気が高まりつつあります。
眠るための用量
医療大麻は一人ひとりに合わせて行う治療法であり、睡眠障害に対して使う場合も例外ではありません。睡眠補助薬としての大麻の効果には大きな個人差があり、使う人、摂取方法、カンナビノイドやテルペンのプロフィール、使う時間や用量など、さまざまな要素が効果を左右します。
治療がうまくいく秘訣は、大麻の精神作用をどのようにうまく管理するかにかかっているかもしれません。どんな薬もそうですが、眠るために大麻を使用する際にもリスクは伴います。大麻を使い始めたばかりの頃は、入眠までの時間が短くなるかもしれませんが、使い続けるうちにこの効果は弱まるかもしれません。慢性的な使用によって耐性がつき、長期的な睡眠の質を低下させることがあるのです。
嗜好目的であまり頻繁に大麻を使用しすぎるのも問題かもしれません。そういう人は、脳波の波長が長くなる深い眠りが減って、ゆっくり休んだ感じがしないかもしれません。これは、嗜好目的で大麻を使う人は高 THC の品種の大麻を大量に使用する傾向があるからでしょうか?
皮肉なことに、大麻のヘビーユーザーが喫煙をやめようとするときに一番目立つ禁断症状はおそらく睡眠障害です。依存性のある医薬品をやめるときの禁断症状に比べれば、大麻の禁断症状は軽い不快症状にすぎず、通常は数日(ときには数週間続くこともありますが)で消えます。また、処方薬や市販の睡眠薬と違い、大麻の使用で死んだ人は一人もいません。
医療大麻のユーザーは低用量の方が効果があることが多く、睡眠障害以外に、疼痛、痙性、PTSD などの症状を治療しようとしている場合は特にその傾向があります。Project CBD が検証した文献によれば、CBD と THC を 1:1 で含むものが、元気を回復できる睡眠を取れる可能性が一番高いようです。初めて大麻を使う人ならば、THC と CBD それぞれ 2.5 mg ずつで十分かもしれません。大麻使用の経験が豊富な人ならばそれよりも若干高用量、それぞれが 5〜15 mg ほどで驚くような効果が期待できます。
また、使用する大麻の品種あるいは製品に、どんな香り成分(テルペン)が含まれているかも睡眠を左右します。それぞれのテルペンには鎮静作用あるいは刺激作用があり、それが睡眠サイクルに影響するのです。テルペンはそのものに治療効果があります。テルペンは、カンナビノイドの重要な調節役として、その大麻品種を摂ったときの感覚に大きく寄与するのです。
鎮静作用のあるテルペンには、テルピノレン、ネロリドール、フィトール、リナロール、ミルセンなどがあります。ミルセンは、高濃度(0.5% 以上)で含まれていれば悪名高い「カウチロック(訳注:ソファーから立ち上がれない状態)」を引き起こしますが、低用量では軽い刺激作用があります。疼痛や睡眠障害に対して医療大麻を使うのであれば、高い抗炎症作用と鎮痛作用のある βカリオフィレンを含むものを試すと良いでしょう。
睡眠改善のための実用的ヒント
『Journal of the American Medical Association』に掲載された調査の結果によれば、回答者の 27% が疲労回復のために、また 26.4% が睡眠不足解消のために医薬品以外の代替療法を取り入れていました。
ここでは、睡眠の質を高めるための、シンプルなライフスタイルの改善方法とホリスティックヒーリングの方法をいくつかご紹介しましょう。
- 眠りを誘うような環境を作りましょう。リラックスできる環境の中に心地の良い寝床があることが、良質な睡眠を取る鍵です。外光を遮り、強い天井光は避けて、眠るのに快適な温度に保ち、できるだけ静かな空間を作りましょう。眠りが浅い人は、聞きたくない音を打ち消すホワイトノイズマシンを使うのも良いかもしれません。ソルトランプはマイナスイオンを発生させ、空気を清浄にするのに役立ちます。
- 眠る時間を一定にしましょう。毎日同じ時間に起床・就寝するのが理想です。加えて、就寝時にリラックスできることを習慣化して、眠くなる時間だということを脳に知らせると良いという人もいます。たとえば、少量の温めた牛乳を就寝の 45分から1時間前に飲んだり、簡単なヨガのストレッチをしてリラックスしたり、エプソムソルトを入れたお風呂に入ったりしてもよいかもしれません。
- 過度の刺激は避けましょう。寝室にはテレビは置かず、就寝前には暴力的な番組を観ないようにしましょう。副腎疲労のある人はなおさらです。床に入ったら、携帯電話やタブレットを使うのはやめましょう。
- 毎日運動しましょう。ジョギングでも、ウェイトトレーニングでも、庭の手入れでも、ウォーキングや太極拳でも、何でも構いません。毎日何らかの運動をしましょう。ただし、就寝の2時間前になったら運動はやめましょう。
- 刺激物は午後1時以降は摂らないようにしましょう。カフェイン、アルコール、煙草、一部のハーブ系サプリメントや薬は、あなたを過度に興奮させ、脳が睡眠に移行するのを妨げます。
- アロマセラピーを試しましょう。大麻草に含まれる鎮静作用のある精油成分は、大麻草以外の植物にも含まれているものがあり、一般のスーパーや自然食品の店でも買えますし、精油を気化して空中に散布する機械などもあります。アロマセラピーは、気分をリラックスさせたり眠気を誘うのに効果的です。たとえばラベンダーのエッセンシャルオイルが睡眠障害の対処に役立つ場合があります。
- 眠りをサポートするハーブを使いましょう。インターネットの情報を鵜呑みにして手当たりしだいに製品を買うのではなく、ハーブやサプリメントに詳しい人のアドバイスを受けるのが理想的です。睡眠を促進するハーブには、たとえばバレリアン、カバ、ジャーマンカモミール、ローマンカモミール、パッションフラワー、カリフォルニアポピー、ホップ、レモンバーム、リンデン、スカルキャップ、オーツなどがあります。きちんとしたハーバリストを探しましょう。
- 栄養補助食品を試しましょう。医師に相談の上、カバや鎮静効果のあるミネラルを使った製品を試したり、夜、正しい種類のマグネシウムを摂るのもよいでしょう。
- その他。大麻以外にも、安全なホリスティックヒーリングの選択肢があります。たとえば不眠症には認知行動療法、概日リズム障害には高照度光療法などがあります。
脚注
- 2014年には、オピオイド系鎮痛薬の過剰摂取による死亡事故が 47,055件ありました。ダニエル・クリプキー医師は、そのうちの3分の1についてはさまざまな催眠薬も死因の一つだろうと見積もっています。大麻草にはオピオイド系鎮痛薬の安全性と効果を高める作用があり、それによって患者が摂る用量を減らすことを可能にし、したがって死亡事故を含む有害な副作用のリスクを軽減させるというデータがあることに注目すべきです。
- 睡眠サイクルは非常に複雑で、神経系統に影響を及ぼすさまざまな化学物質や脳の経路が影響しています。神経学者であり睡眠についての研究を行っている Eric Murillo-Rodriguez 博士によれば、「睡眠は、視床下部前部にある、睡眠を促進するニューロンが引き起こすもので、このニューロンは GABA を使って視床下部と脳幹にある覚醒中枢の働きを阻害します。覚醒時および徐波睡眠時には抑制されている脳幹部は、レム睡眠中に活性化します」。
- 「The effects of cannabinoid administration on sleep: a systematic review of human studies(カンナビノイドの投与が睡眠に与える影響:臨床試験の系統的レビュー)」と題された論文(Gates et al.)は、2012年以前に行われた、大麻と睡眠の関係に関する研究を精査していますが、「睡眠を客観的に評価した6つの研究結果にはほとんど一貫性がない。研究の1つは徐波睡眠が1週間にわたって増加したとしているが、3つの研究では徐波睡眠が減少しており、1つは変化がなかったとしている。レム睡眠については、1つの研究では増加が、2つめの研究では減少が、残りの4つの研究では影響が見られなかった。ステージ2については2つの研究で増加が、4つの研究で変化がなかった。睡眠潜時は1つの研究では延長され、高用量の THC を用いた2つめの研究では短縮され、2つの研究では変化がなく、残る2つの研究では睡眠潜時は計測されなかった」と述べています。
- Babson & Bonn-Miller による2014年の論文によれば、疼痛緩和のために大麻を使用している患者でアンケートに回答した人のうちの 83% 以上が、睡眠が改善されたと答えています。
- Nicolson らは、4群を使ったクロスオーバー試験としてデザインされた二重盲検プラセボ対照試験を行い、大麻の抽出物が、夜間の睡眠、早朝の身体機能、記憶、眠気に与える影響を、21歳から34歳までの被験者8名について評価しました。クロスオーバー・デザインとは、被験者のグループそれぞれが2種類以上の治療介入を受けるもので、この試験では、THC(15 mg)のみ、THC と CBD の組み合わせ(それぞれ 5 mg ずつのものと 15 mg ずつのもの)、そして偽薬が用いられました。結果は、「前夜に 15 mg の THC を単独で投与された場合、翌日に記憶障害が認められたが、15 mg の THC と 15 mg の CBD を同時に投与した場合は記憶障害は認められなかった」というものでした。
Project CBD の研究員であり寄稿者でもある Nishi Whiteley は、『Chronic Relief: A Guide to Cannabis for the Terminally and Chronically Ill』(2016年刊)の著者。
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