さまざまな疾患につながる炎症の治療にカンナビノイドが役立つということを、医学研究者たちはようやく理解しましたが、次なる抗炎症性の特効薬は、もっと意外なところからやってくるかもしれません——サイケデリックス(幻覚剤)です。
ニューオリンズにあるルイジアナ州立大学(LSU)ヘルスサイエンス・センターの研究チームは、現在科学界で知られている最強の抗炎症剤の一つである DOI(2,5-ジメトキシ-4-ヨードアンフェタミン)の精製に取り組んでいます。これは LSD に似た合成幻覚剤で、脳のセロトニン受容体の研究のために広く使われているものです。1 2
LSU のチームの研究は、広範囲に広がる炎症の予防と治療に DOI が非常に効果的であることを示しました3 4。チームを率いるのは薬理学の教授であるチャールズ・ニコルズ(Charles Nichols)で、ニコルズが科学担当創設者であり分子薬理学部門のディレクターであるライフサイエンス関連企業、Eleusis の協力の下、DOI が人間の行動に与える影響を軽減させることを中心に研究を進めています。DOI を嗜好目的で使っている人が報告するところによれば、DOI が引き起こすトリップ(陶酔状態)は LSD よりも長く、最長 30時間に及び、その後も数日間にわたって残効が残ります。
ニコルズによれば、彼が創り Eleusis によって ELE-02 というコードネームを付けられた DOI の変異形は、DOI と同じ抗炎症作用を発揮しますが行動への影響は 1/3 ほどです。ELE-02 は眼の炎症を治療するための点眼薬という形で1年以内に治験が開始される予定です。
「この程度の量では行動に影響は出ないものと考えますが、点眼という形で使うことで脳への暴露がさらに減少するので、ELE-02 が含まれる目薬を使ってトリップするという危険性は最小限になります」とニコルズは述べています。
5-HT2A 受容体の活性化
ニコルズと Eleusis は現在、ELE-02 よりもさらに行動への影響が少ない、第3世代・第4世代の幻覚剤由来抗炎症剤を開発中です。これらはいずれ、おそらくは錠剤の形で、全身性の炎症や、関節炎や喘息などの疾患の治療薬として発売されるかもしれません。
このような分子は、DOI から作られ、DOI と同じように、幻覚を引き起こす脳内の細胞受容体——セロトニン受容体 5-HT2A——に作用しますが、幻覚剤ではなく、通常の医薬品とみなされるでしょう。
興味深いのは、幻覚剤が引き起こす行動への影響、神経可塑性、そして抗炎症作用はすべてこの受容体に起因するものであるように見えるという点であり、神経科学の分野では 5-HT2A への関心が高まっています。違うのは、わずかに異なる分子(おそらく原子1個分程度の違い)は、異なる酵素を細胞に誘導することによって、独自の下流効果を発揮することがある、ということです。
「活性化された 5-HT2A は、リガンドによって活性化したという信号を細胞内に送り、それによって、少なくとも十数種類の酵素が誘導され、それぞれにその細胞の生理機能を変化させます」とニコルズは説明します。「私たちの研究結果が示したのは、行動変容に関与すると考えられている主要な二つの作用経路と抗炎症作用とは相互に関連がない、ということです」
たとえば、DOI には強力な行動変容作用と抗炎症作用があります。ELE-02 には強力な抗炎症作用がありますが、行動に与える作用は強くありません。LSD は非常に強力な幻覚剤ですが、その抗炎症作用は、少なくとも DOI やシロシビンの副生成物であるシロシンと比較すると限定的です。
一方、人体が産生するジメチルトリプタミン(DMT)は 5-HT2A 受容体と結合するもう一つの「古典的」幻覚剤ですが、幻覚発現作用は強力ながら抗炎症作用はないようです。さらに、15種類の 5-HT 受容体サブタイプに結合する神経伝達物質セロトニンは、幻覚作用はなく、炎症を逆に亢進させます。
ニコルズのチームは、完璧な抗炎症薬を探し求める過程の中で、抗炎症作用が引き起こされる経路を行動を変容させる経路から隔離し、もともとの DOI 分子の構造をさらに変化させることによって、行動に与える影響を軽減あるいは完全に取り除こうとしています。
「目標は、関節炎のような疾患の治療に使える、幻覚作用のない 5-HT2A 受容体作動薬を作ることです」とニコルズは言います。「今はまだ研究は初期段階で、作用機序を理解しようとしているところです。受容体に誘導すべき酵素を特定できれば、より良い薬物設計に役立つでしょう」
LSDとアルツハイマー病
ニコルズと Eleusis は、古典的な幻覚剤を使ったこれ以外の研究プロジェクトにも参画しています。その一つは、(依存症や PTSD と同様に)炎症が関与しているうつ病を、シロシビンを使って治療するというものです。
さらに Eleusis は、低用量の LSD を使ってアルツハイマー病を治療する研究も行っており、先ごろ、48名の健康な有志の被験者を対象として安全性と忍容性を確認する第1相の治験を成功裏に終えたところです。8
科学者は、アルツハイマー病は神経炎症がその一因であると考えています9。でも、LSD がアルツハイマー病の治療薬として有望である理由は、その抗炎症作用だけではない、とニコルズは言います。
「LSD は、ほぼすべてのセロトニン受容体、そしてとりわけドーパミン受容体を活性化させます。これらのうち数種類は、活性化させると、記憶力の改善や細胞の健康維持、そしてストレス関連のマーカーを低下させるといった効果があるということが、私たちの研究でも、それぞれ別の化学物質を使った他の研究でも示されています。私たちは、このように複数の種類の受容体から得られるさまざまな効能が相乗的に働いて、アルツハイマー病で見られる神経変性や認知症状の進行を遅らせることができるのではないかと考えています」
アルツハイマー病の患者に与えられる LSD は幻覚を引き起こさない程度の低用量ですが、FDA によれば、精神活性を起こす可能性は安全性のリスクとなり得る、とニコルズは認めます。ELE-02 はこの点での懸念は低く、現在ニコルズの研究室が開発中の、ELE-02 以降の次世代型 5-HT2A 作動性抗炎症剤は、幻覚作用が低いあるいはゼロであるため問題にはなりません。
「抗炎症作用に関して言えば、従来の経路に近いんです」とニコルズは言います。「私たちは FDA に、行動に対する有害な作用はないことと、効果があって安全であることを示すことが可能です。開発中の新しい分子は、DEA による規制物質には含まれません。だから FDA がこの物質をどうするかを決めることができます——じゃあスケジュール 4(乱用されにくく依存症になる危険性が低い処方薬)に分類しよう、と FDA が決めれば、新しい抗炎症薬が発売できるんです」
Nate Seltenrich は、サンフランシスコのベイエリアに住む科学ジャーナリスト。環境問題、神経科学、薬理学を含む幅広いテーマについて執筆している。
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参照文献
- Serotonin 5-Hydroxytryptamine2A Receptor Activation Suppresses Tumor Necrosis Factor-Induced Inflammation with Extraordinary Potency (2008) https://jpet.aspetjournals.org/content/327/2/316
- Structure−Activity Relationship Analysis of Psychedelics in a Rat Model of Asthma Reveals the Anti-Inflammatory Pharmacophore (2020) https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsptsci.0c00063
- Serotonin 5-HT2 receptor activation prevents allergic asthma in a mouse model (2014) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4338939/
- 5-HT2 Receptor Activation Alleviates Airway Inflammation and Structural Remodeling in a Chronic Mouse Asthma Model (2019) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31626791/
- https://thedrugclassroom.com/video/doi/
- https://psychonautwiki.org/wiki/DOI
- Structure−Activity Relationship Analysis of Psychedelics in a Rat Model of Asthma Reveals the Anti-Inflflammatory Pharmacophore (2020) https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsptsci.0c00063
- Safety, tolerability, pharmacokinetics, and pharmacodynamics of low dose lysergic acid diethylamide (LSD) in healthy older volunteers (2019) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31853557/
- Psychedelics as a Treatment for Alzheimer’s Disease Dementia (2020) https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnsyn.2020.00034/full