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コーヒーと大麻は、世界で最も広く使われている向精神物質です。大麻が、肉体をリラックスさせ、知覚を鋭敏にし、創造力を刺激するために使われることが多いのに対し、コーヒーやお茶その他カフェイン入り飲料は普段、あるいはとりわけ疲れているときに、肉体に活力を与え、精神を集中させるために使われます。

では、大麻とコーヒーを一緒に摂るのは理に適ったことでしょうか? この2つにはどのような相互作用があるのでしょうか? THC をたっぷり含んだ大麻がアムステルダムで初めて非犯罪化されたとき、それがコーヒーショップで供されたのは、適切なことだったのでしょうか?

近年、法的規制のないヘンプ由来 CBD 業界で、いくつかのスタートアップ企業が、ヘンプ由来 CBD  を加えたコーヒーを製造・販売しています。カフェインと CBD は本当に良い組み合わせなのでしょうか、それともこれは単なるマーケティング戦術なのでしょうか?

真逆の効果

カフェインは通常、穏やかな向知性薬であるとされています。集中力を高め、短期記憶を改善するのです。生理学的には、カフェインは脂質代謝を促進し、眠気を防ぎます。こうした作用は THC の作用とはほぼ逆のものです。THC もまた集中力を高めはしますが、短期記憶力を一時的に弱め、脂質代謝を減少させるのです [1]。

カフェインは興奮剤であり、基本的な人間のストレス反応に深く関わる交感神経系を活性化させます。一方 THC はストレスが引き起こす作用の多くを軽減させます。逆説的ですが、THC は、慢性的なストレスによって損なわれた動物の記憶力を回復させさえするのです。では、コーヒーと大麻を組み合わせると、どちらの作用が勝つのでしょうか?

THCCBD といった植物性カンナビノイドは、CYP1A2 と呼ばれる酵素の働きを阻害することによってカフェインの代謝を若干ですが弱めるので、カフェインの作用がカンナビノイドの作用に打ち勝つように思えるかもしれません [2]。

ところが実際には、この2つの相互作用はそれほど単純ではありません。カフェインは、実は THC による記憶力の低下を助長するのです。ただしそれは短期記憶に限られる可能性があります。どうしてこんなことが起きるのかを理解するためには、これらの化合物の神経学的な特徴を考慮しなければなりません。

低用量・高用量のカフェイン

カフェインには、2つの主要な生化学的作用があります。低用量のカフェインはアデノシン受容体(A1, A2A, A3)を阻害します。通常、眠気に関係している受容体です。アデノシンは睡眠・覚醒サイクル、および血管の拡張・収縮を調節します。コーヒーやお茶の覚醒作用は、アデノシン受容体を阻害することによるものです。カフェインが切れたときに一部の人に頭痛が起きるのは、おそらく脳の血管が収縮することが原因です。

高用量のカフェインは、ホスホジエステラーゼ(PDE)と呼ばれる酵素の働きを阻害します。PDE は、カンナビノイドとアデノシン受容体が生成する重要な化学伝達物質を分解します。この化学伝達物質はサイクリック AMP(cAMP)、またそれに関連した cGMP と呼ばれます。これらは、細胞のシグナル伝達分子としては最も一般的なものです [3]。

PDE は、喘息の治療薬およびバイアグラの治療標的です。

アデノシン — CB1の門番

CB1 カンナビノイド受容体と A1 アデノシン受容体はどちらも、記憶のさまざまな側面を司る海馬に発現しています。中でも短期記憶は、海馬で短時間起きる神経学的変化によって形成されるものです。海馬の A1 受容体が高度に活性化されると、CB1 受容体に対するカンナビノイドの作用は弱まります。THC、内因性カンナビノイド、あるいは実験用の合成カンナビノイドはそうなった場合でも CB1 を活性化させますが、たとえそれが高用量でも作用の程度は小さくなります。

2011年にポルトガルのリスボン大学の研究チームが発表した論文によれば、A1 アデノシン受容体作動薬と一緒に THC を投与した場合、THC の効果は3分の1になりました。(作動薬は受容体を活性化させ、拮抗薬は受容体の働きを阻害します。)これとは逆に、A1 受容体を阻害すればカンナビノイドの作用は強化されますが、それは A1 受容体がもともと活性化されていた場合のみでした [4]。A1 受容体がどのようにして CB1 受容体に対するカンナビノイドの作用を減衰させるのか、その正確な機序はまだわかっていません。

この研究が示唆するのは、アデノシンの量が増加すると THC が引き起こす短期記憶障害を防ぎ、かつ海馬以外の場所では、精神作用のみならず、神経保護作用、吐き気の軽減、鎮痛作用といった THC の重要な作用が減少することはない、ということです。アデノシンの量は寝る前に最大になります。ですから、夜大麻を使用すると、日中に使用するよりも記憶に対する影響が少ない可能性があります。ただしこれについて行われた実験はありません。

大麻がトラウマの軽減のために使われている場合、大麻、あるいは大麻成分とコーヒーを組み合わせると、効果が高まる可能性があります。でも、ストレスを感じており、一日をなんとか乗り切るためにコーヒーを飲んでいる人にはこれは当てはまりません。いくつかの基礎研究では、コーヒーを飲む頻度が高くても低くても差はなく、どちらの場合も、一時的に記憶力を弱めるという THC の作用が強まりました。

記憶の神経学的仕組み

では、THC は実際にはどのようにして短期記憶に影響を与えるのでしょうか?

記憶とは、一つのニューロンが発火して起きるものではありません。脳内のニューロンのネットワーク全体の変化によって起きるのです。ある特定のニューロン間の信号伝達が頻繁に起きれば、脳がその経路を強化させるというのは理に適っています。逆に、ある2つのニューロン間でほとんど信号の伝達が行わなければ、そのコネクションを維持するために大きなエネルギーを費やすのは無駄です。このように、ニューロン間のコネクションが動的に強化されたり排除されたりすることは、脳の可塑性の重要な特徴です。

内因性カンナビノイドは、科学者が「長期増強(LTP)」および「長期抑圧(LTD)」と呼ぶものを司ることで、シナプス可塑性(および神経可塑性全体)に重要な役割を果たしています。LTPLTD は、記憶をはじめ脳のさまざまな機能に直接関係しています。

長期増強とは、細胞間の連結を促進・強化することです。これは、シナプス前ニューロンが送り出す神経伝達物質の量を増加させる、あるいはシナプス後ニューロンの感受性を高めることによって起こります。長期抑圧はこれと逆のプロセスで、最終的にニューロンの活動による作用を減少させます。海馬における長期抑圧は、古い記憶の消去を促進します。

内因性カンナビノイドと植物性カンナビノイドは、CB1 受容体を活性化させることによって神経伝達物質の放出を阻害します。その結果、どの神経伝達物質が阻害されるかによって、双方向性の生理作用が起こります。CB1 受容体は興奮性(グルタミン酸作動性)ニューロンと抑制性(GABA性)ニューロンのどちらにも存在します。CB1 が 抑制性信号伝達物質である GABA の放出を阻害すると、CB1 は脳活動を増加(脱抑制)させます。またグルタミン酸作動性ニューロンの活動を遅らせることで、カンナビノイドは(CB1 受容体を介して)通常、海馬における長期抑制と古い記憶の消去を促進させます [5]。

脳の微調整

アデノシンは、海馬の、カンナビノイド受容体、アデノシン受容体、そしてグルタミン酸受容体が存在している部分に、常に少量ずつ放出されています。アデノシンは A1 受容体を活性化させることによって、CB1 受容体に対する THC その他のカンナビノイドの効果を減少させます。それによって、カンナビノイドを媒介とする長期抑圧が一部抑制され、その結果短期記憶が改善するのです。

ところが、カフェインは A1 受容体を阻害します。そのことがカンナビノイドの作用を増強させ、それが今度は長期抑圧を強化し、作動記憶に一時的な障害を引き起こします [6]。

海馬の GABA 作動性ニューロンにはまた、CB1 受容体と A1 受容体も存在します。これらのニューロンにおいて A1 受容体は、CB1 受容体にとっての門番的な役割を果たします(つまり、CB1 受容体における、抑制性信号伝達物質 GABA の抑制を阻害します)。GABA 作動性ニューロンは、海馬におけるグルタミン酸の放出を遅くする、重要なブレーキの役割を果たします [7]。

カンナビノイドは、CB1 受容体に作用することによって、状況に応じて長期抑圧または長期増強のいずれかを促進させます。長期抑圧が起きることの方が多いようです。アデノシンが A1 受容体に作用すると、長期抑圧を減少させて記憶を改善します。こうした複雑な相互作用とフィードバックループは、ニューロンが脳を微調整する手段です。

CBDとアデノシン

カンナビジオール(CBD)は CB1 受容体を直接活性化させませんが、それ以外のさまざまな経路を介してその効果を発揮します。たとえば高用量の CBD は、アデノシンの再取り込みを阻害することによって脳内のアデノシン量を増加させます。いくつかの研究で、THC によるものとされる短期記憶障害を CBD が改善したのは、このことが理由かもしれません。あるいはそれは、大麻草に含まれるさまざまな化合物が、互いの副作用を相殺し、効果を強め合う、複合的な作用を形づくる多くの機序の一つなのかもしれません。

アデノシンは単に神経伝達物質であるだけでなく、抗炎症作用が備わっていることもわかっています。身体は主に、アデノシンを再取り込みすることでその信号伝達をストップさせます。CBD は、心臓発作、多発性硬化症、肺障害、網膜障害の一部モデルにおいて、神経保護作用を示しています。なぜなら CBD はアデノシン再取り込みを阻害することによって、間接的に A2A 受容体および A1 受容体を活性化させるからです。

高用量の CBD を摂取したときの鎮静作用もまた、アデノシンが増加することと関係があるかもしれません。エピディオレックスという舌下投与型 CBD アイソレートの臨床試験では、鎮静作用が副作用として最も多いものでした。それがなぜ起きるのか、分子レベルではまだはっきりとわかっていませんが、高用量の CBD は、アデノシンによる信号伝達を補完することで疲労感を引き起こす一因となるのかもしれません。

カフェインと併用すると、CBD がアデノシンに与える影響は、おそらくカフェインのアデノシン受容体に対する拮抗作用に掻き消されてしまいます。それが CBD の医療効果をどの程度軽減させるのかは不明です。CBD には数多くの作用機序があることを考えると、それが大きな問題になるとは考えにくいですが、現時点では、CBD とカフェインを一緒に摂る、あるいは一緒に販売することによる明らかな利点はありません。


Project CBD のチーフ・サイエンス・ライターであるエイドリアン・デヴィット・リー( Adrian Devitt-Lee)は、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの化学研究員。


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脚注

  1. 脂質代謝における THCCB1 受容体の役割はまだよくわかっていない。細胞レベルでは、周辺臓器にある CB1 受容体の活性化によって脂質の代謝が低下する。カンナビノイドは食欲を増すことで知られているが、一般の人口で見ると、大麻の使用者ではメタボリック症候群(2型糖尿病、肥満、関連合併症)の発症率が低い。
  2. カフェインは分解されて他の活性化学物質になるので、代謝経路を変化させても、単純に刺激効果が増すとは限らない。また、THC が日光や熱への暴露で分解されてできるカンナビノール(CBN)は、CBDTHC に比べ、代謝を阻害する作用が 30〜100 倍強かった。
  3. アデノシンは、神経伝達物質であるだけでなく、cAMP と関連分子 ATP(アデノシン三リン酸)の主鎖となる。ATP は細胞の化学電池である。
  4. アデノシンが絶えず少量ずつ放出されていると、緊張性活動、つまり、A1 受容体が常に、ある程度活性化している状態が起こる。それ以外の受容体は常時活性型、つまり、作動薬が存在しなくてもスイッチがオンになることがある。受容体が非活性の状態では阻害物質は作用しないが、受容体が緊張性活動または常時活性化された状態では、拮抗薬が受容体の活性を正常以下に引き下げる場合がある。このような薬剤を「逆作動薬(インバース・アゴニスト)」と呼び、受容体の活性を正常レベルまで引き下げるがそれ以下にはしない「ニュートラル・アゴニスト」と区別する。興味深いことに、カンナビノイドに関する動物実験が、動物の種類によって一貫しないことがあるのはこれが一因である。マウスとラットでさえ、脳内の緊張性活動を起こすアデノシン受容体の密度が異なるのである。
  5. エンドカンナビノイド・システムはホメオスタシス(恒常性)を助長し、その作用が一方的であることは稀である。通常は長期抑圧を促進し、シナプスを弱めて、他のシナプスがより強くなる余裕を与えるが、その逆の作用を起こすこともある。慢性的にストレスを受け、長期増強が低減した動物では、CB1 受容体の活性化によって長期増強が助長され、可塑性が回復した。
  6. CB1 受容体はシナプス前ニューロンに発現するが、A1 受容体はシナプス前ニューロンとシナプス後ニューロンの両方に発現する。シナプス前ニューロンでは A1 受容体は CB1 の作用を減衰させるが、シナプス後ニューロンでは A1 受容体には阻害活性があり、グルタミン酸の作用を打ち消す。シナプス後ニューロンの A1 受容体を阻害すると、ニューロンは興奮性を増し、それが連鎖して内因性カンナビノイドの放出につながり、シナプス前ニューロンの CB1 受容体をさらに活性化させる。したがってアデノシンは、この特定の海馬のニューロンの組み合わせにおいては CB1 受容体の活性を二重に阻害する可能性がある。
  7. 海馬以外では、カンナビノイドはへんとう体と呼ばれる脳の部位での記憶に影響する。へんとう体は、感情的な記憶、とりわけ恐怖の記憶と関連している。研究によれば、へんとう体に CB1 受容体が存在しない動物は、恐ろしい記憶を忘れることができない。アデノシン受容体の2つめのサブタイプ、A2A もまた記憶に関与することがわかっている。へんとう体の A2A 受容体が少ないと恐怖消去が増大することから、A2ACB1 受容体の信号伝達を阻害する役割があることが示唆されている。ただしこれらの相互作用は今までのところ、実験によって検証されてはいない。また、カフェインとカンナビノイドが脂質代謝の調節や生理的ストレス反応においてどのような相互作用を持つかについての研究も存在しない。

略語:

A1(アデノシン受容体1):アデノシンが活性化する受容体で、脳内の信号伝達と心臓血管機能に影響を与える。カフェインによって働きが阻害される。
A2A(アデノシン受容体 2A):抗炎症作用を持ち、アデノシンが活性化する受容体で、脳と心臓に発現する。カフェインによって働きが阻害される。
cAMP(環状アデノシン一リン酸、サイクリック AMP):主要な細胞内情報伝達物質で、カンナビノイド受容体またはアデノシン受容体の活性化によって生成される。
CB1(カンナビノイド受容体1):主要なカンナビノイド受容体の一つ。THC が「ハイ」を引き起こすのはこれがあるため。
CBD(カンナビジオール):陶酔作用を持たない植物性カンナビノイド。
CBN(カンナビノール):THCが熱や日光に晒されるとできる植物性カンナビノイド。
LTD(長期抑圧):脳の可塑性の一つで、個々のニューロンの興奮性と活動が低下し、細胞間のつながりが弱くなる。
LTP(長期増強):脳の可塑性の一つで、個々のニューロンの興奮性が高まり、細胞間のつながりが強化される。学習と記憶に関与している。
PDE(ホスホジエステラーゼ):cAMPと関連化学物質を分解する細胞性酵素。
THC(テトラヒドロカンナビノール):「ハイ」を引き起こす原因となる、大麻草に含まれるカンナビノイド。


参照文献

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