私は幸運にも過去数回、科学会議の場で「大麻研究の父」ことラファエル・ミシューラム博士にお目にかかる機会がありました。一番記憶に残っているのは、2012年 7月にドイツのフライブルクで開かれた、International Cannabinoid Research Society(ICRS)の第22回学術会議です。シンポジウムでのミシューラム博士による基調講演は、カンナビノイド研究の未来について、また研究が行われるべき主要な分野についてのものでした。
それは、1962年にミシューラム博士が大麻の化学組成に関する研究に着手してからちょうど 50年目にあたる年でした。1963年、博士と Yuval Shvo は世界で初めてカンナビジオール(CBD)の分子構造を発表しました。その翌年には、テトラヒドロカンナビノール(THC)の分子構造を解明する論文を共同で執筆しています。本人は知りませんでしたが、そのとき彼は、後に医科学に革命をもたらすことになる、ゆっくりと燃える導火線に火を点けたのです。
若き科学者であったミシューラム博士は、大麻の作用機序の解明を目指して研究を始めましたが、結果的に、人間とはどのように機能するのかに関する情報の宝庫の扉を開くこととなりました。彼が指導した科学者たちの多くに愛情を込めて「ラフィ」と呼ばれるミシューラム博士は、THC、CBD、その他の植物性カンナビノイドに似た化学物質を人間の体内で産生する「エンドカンナビノイド・システム」の研究を発展させるため、世界中の科学者たちの協働を飽くことなく推進し続けました。
1992年、イスラエルにあるヘブライ大学の、ミシューラム博士が率いる研究チームは、哺乳動物の脳内にある受容体を作動させる、THC に似た化合物を発見しました。彼はそれを「アナンダミド」——至福の分子——と名付けました。また 1995年には、2つめの内因性カンナビノイド 2-アラキドノイグリセロール、略して 2-AG を発見します。アナンダミドと 2-AG は、食欲、気分、疼痛知覚、免疫機能を含むさまざまな生理的過程を司る、体内の脂質性神経伝達物質系の一部です。
次の50年間の研究計画
「次の 50年間の研究計画を立てるときだ」—— 81歳のミシューラム博士は、大麻研究の先駆者としての 50年間にわたる彼の功績を称えるためにフライブルクに集まった、ICRS 会議の出席者たちに向かってそう言いました。そして、研究が最優先されるべき3つの分野を特定しました。CBD、CB2 受容体、そして FAAA と呼ばれる、脳内にある内因性脂肪酸の一群です。
これは 2012年、まだ一般の人は誰も CBD のことを知らなかったときのことです。ただし ICRS 所属の科学者たちの間では、CBD はすでに熱いトピックであり、その抗炎症作用、抗酸化作用、抗けいれん作用、抗腫瘍作用、神経保護作用、そして鎮痛作用が研究されていました。基礎研究の結果はまさに驚異的であり、ミシューラム博士は、CBD とその派生物はさまざまな治療への応用が可能であると考えていたのです。ただ、アメリカはじめ、世界各地で施行されている厳しい薬物規制のため、植物性カンナビノイドの臨床研究はなかなか進みませんでした。
THC は CB1 受容体と CB2 受容体のいずれに対しても直接作用します。ただし THC が CB2 受容体と結合しても、大麻が引き起こすことで有名なハイは起こりません——CB2 受容体は脳には多数出現していないからです。THC は、中枢神経系に数多くある CB1 受容体と結合して陶酔作用を引き起こします。そこで研究者たちは、脳の CB1 受容体とは結合せず CB2 受容体を活性化する薬によって、精神的ハイを引き起こすことなく治癒効果を得ることができるのではないかと考えました。
CB2 受容体は、免疫系、末梢神経系、代謝組織、皮膚細胞、そしてさまざまな内臓に広く分布しています。CB2 受容体の信号伝達の異常は、さまざまな自己免疫疾患、神経変性疾患、代謝異常、精神性疾患に関与しています。ですから、CB2 受容体の調節は、創薬や治療介入における標的としてぴったりなのです。
FAAAの集合
ミシューラム博士がとりわけ熱心だったのは3つめの研究分野、FAAA についてでした。FAAA とは、脳に存在する一群の脂肪酸化合物を指します。「人の性格を決める化学的性質」、つまり、人それぞれの気性が異なる原因であり得る体内の生化学的違いについてはほとんど何もわかっていない、と博士は説明し、「将来的に、人間心理を生化学的視点から理解するためには、そうした知識の積み重ねが必要不可欠である」と付け加えました。
仮に、ある特定の化学的差異が「人々の性格の違いの原因、あるいは原因の一つである」とするならば、「中枢神経系に作用する化合物の大規模な『目録』をつくること」が何よりも重要である、とミシューラム博士は断言しました。「そうした一群の化合物の可変性——すなわち、個々の化合物としてだけでなく、一つの集団として見た場合のそれらの量や存在する比率、推定される作用の違いなど(一種のアントラージュ効果)——が、個々人の性格の違いが無数に存在する理由なのかもしれないのです」
ミシューラム博士は、数十種類におよぶ内因性カンナビノイド様脂質その他の FAAA の重要性について、人々の注意を喚起しました。FAAA には、アミノ酸に含まれるさまざまな脂肪酸アミド(および、エタノールアミドなどそれらの派生物)、あるいはグリセロールとそれに関連する化合物を含む脂肪酸エステルが含まれます。これらの化合物の一部は、インディアナ大学のヘザー・ブラッドショー博士のチームによって同定・分析されています。その中には「生物学的作用が評価された」ものもある、とミシューラム博士は指摘しました。「それらの中には、アナンダミド、2-AG、NADA(N-アセチルドーパミン)、PEA(パルミトイルエタノールアミド)、OEA(オレイン酸アミド)、N-(2-ヒドロキシエチル)ステアロアミド、その他数種が含まれ」ており、これらの個々の作用は大きく異なることがわかっていますが、「これらの化合物の複数が集団として発揮する作用については未だ評価されていない」のです。
ミシューラム博士らは、抗骨粗鬆症作用があると同時に脳内にも存在する「オレオイルセリン」について詳しく研究しています。同じく興味深い内因性の脂質性化合物である「アラキドノイルセリン」は、「閉鎖性頭部外傷による損傷を軽減」させます。またミシューラム博士は、脳の特定の部位に損傷が起きると「オレオイルグリシン」と PEA の濃度が上昇するということを発見しています。こうした研究から、「エンドカンナビノイドーム」という概念が生まれたのです——これは、アナンダミドと 2-AG の他に、さまざまな脂肪酸神経伝達物質をも含む、より大きな意味でのエンドカンナビノイド・システムのことです。
基調講演でミシューラム博士は次のように結論しています——「このような化合物の集合において、それらの量や組み合わせ比率の多様性は実に大きく、それによって無限の個人差が生まれるのだと考えたくなります。これは生の資質の話で、それはもちろん経験によって変化します。これは理論的な憶測にすぎませんが、このことを裏付ける根拠となる事実の存在が明らかになれば、分子心理学の分野に重要な進歩をもたらすことでしょう」
Martin A. Lee は Project CBD のディレクターであり、『Smoke Signals: A Social History of Marijuana – Medical, Recreational and Scientific』『Acid Dreams: The Complete Social History of LSD – the CIA, the Sixties and Beyond』『The Essential Guide to CBD(邦題:CBDエッセンシャルガイド)』を含む数冊の著書がある。
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