がん患者の多くが、化学療法に伴う、疼痛、疲労感、悪心その他の副作用に対処するために大麻を使用していることは周知の事実です。でも、数々の基礎研究において、植物性カンナビノイド — 中でもテトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)— がさまざまながんの動物モデルで抗腫瘍作用を示していることはあまり知られていません。
こうした基礎研究の大部分は、純粋なカンナビノイド、主に THC アイソレートの抗がん作用が研究の対象です。けれども、医療大麻を使っている患者ががんとの闘いに使っているのは純粋な単一分子の THC ではありません。患者が使っているのは大麻草全草から抽出された大麻オイルで、そこには何百という化合物が含まれ、その多くにもまた医療効果があるのです。こうした大麻オイルは、医療大麻が合法な州ならば政府の認可を受けたディスペンサリーで、そうでない州では規制のない闇市場で手に入れることができます。
ただしこれまでのところ、全草由来の大麻エキスが持つ効果について綿密に分析した研究はほとんどありません。そこで、マドリッドにあるコンプルテンセ大学のクリスティーナ・サンチェス(Cristina Sanchez)博士が率いる研究チームは、純粋な THC アイソレートと、THC を豊富に含む大麻草抽出オイルの効果を、乳がんに焦点を当てた一連の基礎実験によって比較することにしました。(大麻草抽出オイルは、カリフォルニアで医療大麻を製造しているアウント・ゼルダから提供されました。)チームはまた、純粋な THC と全草抽出オイルを、標準治療で使われる抗がん剤と併用した場合の効果についても調べました。
この研究の結果は、2018年、「Appraising the ‘Engourage Effect’: Antitumor action of a pure cannabinoid versus a botanical drug preparation in preclinical models of breast cancer(”アントラージュ効果を評価する—乳がんの前臨床モデルにおける、純粋なカンナビノイドと大麻草製剤の抗腫瘍作用)」と題された論文として、『Biochemical Pharmacology』誌に発表されました。ここで言う「アントラージュ効果」とは、大麻草に含まれる多数の化合物—カンナビノイド、テルペン、フラボノイド—の間に起きる相乗的な相互作用のことを指します。この相互作用によって、一つ一つの成分を足し合わせたよりも大きな医療効果が発揮されるのです。
結果を先に言うと、純粋な THC と高 THC の大麻オイルにはともに抗腫瘍作用が認められましたが、大麻オイルの方が、3種類のタイプの異なる乳がんに対して THC アイソレートよりも高い効果がありました。
治療の難しさ
推定では、女性の8人に1人が乳がんに罹患すると言われています。乳がんの治療の難しさは、それを示すバイオマーカーがほとんど存在せず、また多くの患者が現在ある治療法に耐性を発達させてしまうという点です。さらに、現代的な治療が奏効しないタイプも複数あります。こうしたことから、乳がんの新しい治療法を探すことの重要性は明らかです。
乳がんの診断に使われることの多いバイオマーカーが、ホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)とHER2遺伝子(正常な細胞を腫瘍細胞に変化させる遺伝子)です。でも、「トリプルネガティブ(三種陰性)乳がん」と呼ばれる、より侵襲性の高い乳がんでは、ホルモン受容体も HER2遺伝子も発現しません。このタイプの乳がんには標的療法が存在せず、患者は、がん性であろうがなかろうが、増殖性細胞を無差別に殺す過酷な抗がん剤による治療を受けます。
「アントラージュ効果の評価」に使われたのは、これら3つのタイプの乳がん — ホルモン感受性乳がん、HER2陽性乳がん、そして三種陰性乳がん — です。
インビトロとインビボを含め、実験を行ったすべての乳がんモデルにおいて、全草抽出の大麻エキスは、THC 単一分子よりも有意に高い抗がん作用がありました。この結果は、乳がんのタイプとモデルのタイプにかかわらず基本的に一貫していました。研究では、培養細胞(ペトリ皿)とげっ歯類モデル(マウス)で実験が行われました。
THCとホルモン感受性乳がん
ホルモン感受性乳がんの場合、全草抽出エキスは THC のみの場合よりも 15〜20% 効果が高いことがわかりました。動物モデルでは、単一分子の THC は有意な抗腫瘍効果を示しませんでしたが、全草抽出エキスには顕著な抗腫瘍効果がありました。動物実験は、人に対する特定の治療法の効果を判定するために欠かせないステップです。
培養皿の上で標準的な抗がん剤であるタモキシフェンにカンナビノイドを加えると、抗がん剤のみの場合と比べて治療効果は 20〜25% 高まりました。ただしこの効果は動物実験では再現されませんでした。重要なのは、カンナビノイドによって抗がん剤の効果が低減しなかったということです。これは、少なくとも、抗がん剤治療に伴って起こりがちな悪心や食欲不振といった副作用に対処するために大麻を治療に加えても、抗がん剤ががん細胞を破壊する作用を阻害することはない、ということを示しています。
ホルモン感受性乳がんにおいては、THC は CB2 カンナビノイド受容体に働くことで効果を発揮するようです。CB2 受容体の活性化は、CB1 受容体が媒介する「ハイ」な感覚を避けながらがんを治療できるという可能性によって、大きな注目を集めています(THC は CB1 受容体も活性化します)。THC が CB1 受容体に結合すると、一般に大麻につきものとされる、頭がフラフラするような陶酔感を引き起こします。
THCとHER2陽性乳がん
HER2陽性乳がんについても、全草抽出エキスは THC 単体よりも有意に高い効果を発揮しました。単一分子 THC と全草抽出エキスはともに、動物実験でも抗腫瘍作用を示しました。さらに、THC と全草抽出エキスはどちらも、HER2陽性乳がんの標準治療薬である抗がん剤、ラパチニブの持つ抗がん作用を強めました。
ホルモン感受性乳がんの場合と同様に、HER2陽性乳がんを対象にした実験でも、THC の抗腫瘍効果は CB2 受容体を介して発揮されることがわかりました。クリスティーナ・サンチェス博士とその他のスペインの研究者によって後に米国科学アカデミー紀要に発表された論文は、HER2 と CB2 受容体が往々にして細胞の同位置に発現していることを指摘しています。
実は CB2 受容体は HER2 と結合して二量体と呼ばれるものを形成します。そしてこの二量化が、乳がん治療が奏効しないことと関連しています。米国科学アカデミー紀要に掲載された論文は、THC が抗がん作用を発揮する作用機序の解明に役立ちます — THC は、CB2 受容体に結合する際にこの CB2–HER2 二量体を分解し、連鎖的に一連の反応を引き起こして、その結果最終的に腫瘍が退縮するのです。
三種陰性乳がんとTHC
乳がんの中で最も予後の悪い三種陰性乳がんは、一般に、抗がん剤治療が奏効しません。でもサンチェス博士らの研究では、THC および高 THC の大麻オイルがともに、この非常に侵襲性の高いがんに対する治療結果を改善させる可能性が見いだされています。この場合も、インビトロおよびマウスモデルでの実験で、全草抽出エキスが THC 単体よりもがん細胞の生存能力を減退させる効果が高いことがわかりました。
植物性カンナビノイドと標準的化学療法を組み合わせることで、どちらか一方を使った場合よりも高い抗腫瘍反応が発揮されたという事例は他にもいくつかあります。THC と CBD を同量ずつ組み合わせたサティベックスを脳腫瘍治療の抗がん剤の代表とされるテモゾロマイドと併用してその効果を調べた第2相の臨床試験では、有望な結果が出ています。
がん患者の治療では往々にして、複数の治療標的を狙って、単一化合物からなる医薬品が複数使われます。「現在の医療は主に、単一の治療標的を持つ純粋化合物の使用をベースにしているが、がんのように複雑な疾病の場合、複数の治療標的を持つやり方の方が効果的である可能性が明らかになりつつある」と論文は述べています。
この、スペインで行われた研究の結果は、他の研究者らによる説得力あるデータとともに、大麻草全草から抽出されたオイルと複数の治療標的を持つがん治療が将来的に有望であることを示唆しています。ですが西欧の医療システムと通常の新薬開発手順は、複数の治療標的を狙った複雑な植物性製剤の承認にはつながりにくいのです。これは一つには、多数の化合物が関与している場合、ある一つの主要転帰を目的とした単一分子医薬品よりも、正確な作用機序を解明するのがはるかに難しいからです。
結論
THC アイソレートと全草抽出大麻エキスがいずれも腫瘍の生存能力を減衰させるという事実はまさに画期的な発見であり、カンナビノイドを用いた毒性のない乳がん治療法の開発を推し進める力となって然るべきです。
スペインの研究チームによれば、「これまでのところ、明らかに大麻が奏効しない腫瘍は見つかっていない」ことから、カンナビノイドによる治療は、特に固形がんの治療に有望です。「乳がんはそのタイプによって大きく異なること、また、がん化していない細胞は、がん細胞を殺す濃度のカンナビノイドを投与しても影響を受けないことを考えると、カンナビノイドが、あらゆるがん細胞に共通し、正常な細胞には欠落している、いまだ我々が知らない何らかの細胞機能に作用するのではないかと考えたくなる」と論文は述べています。
スペインの研究者らによるこの研究は、多数の化合物を含有するフルスペクトラムの全草抽出大麻オイルが純粋な THC よりも効果的であることを示すことで、アントラージュ効果の重要性を明確にしています*。「大麻製剤の薬効薬理の研究は当然ながらより複雑であるが、このやり方は、純粋なカンナビノイドよりも優れた治療効果を持つ可能性がある」と研究者らは述べています。
また彼らは、大麻草全草から作られた製剤は「いずれにしても、いかなる標準治療薬の抗腫瘍効果も低減させることはなかった」と強調しています。化学療法の副作用を緩和するために大麻を使っている患者には、これは朗報です。大麻は、疼痛や悪心をやわらげ、食欲を刺激する、安全な補完治療である可能性が非常に高いと言えるでしょう。また、標準化学療法の効果を高める可能性もあります。つまり、抗がん剤と大麻を併用すると、抗がん剤の効果が高まり、用量を低くすることができるのです。
アレックス・アンディア(Alex Andia)は化学博士であり、ニューヨーク市立大学シティカレッジで有機化学を教えている。また、科学界における同性愛者の発言力を高めることに尽力する非営利組織、Chemical Makeup のブレーンでもある。
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脚注
*スペインの研究者が乳がんについて行ったこの興味深い研究の結果には、大麻草に独特の香りを与える芳香成分、テルペンの、いまだ謎の多い役割も含まれている。研究では、フルスペクトラムの大麻オイルに最も多く含まれる5つのテルペン、βカリオフィレン、αフムレン、ネロリドール、リナロール、βピネンを混ぜ合わせた「テルペン・カクテル」を作った。だが、これを THC アイソレートに加えたところ、抗腫瘍作用は増強されなかった。このことは、純粋な THC にいくつかのテルペンを加えても、フルスペクトラムの大麻オイルを再現できるわけではないことを示唆している。あるいは、THC の抗がん作用を高めるのは、大麻草抽出オイルに含まれる別の成分なのかもしれない。実験に使われた大麻草抽出オイルには、検出可能な量のカンナビゲロール(CBG)とテトラヒドロカンナビノール酸(THCA)が含まれていたと注記されている。CBGは、前臨床モデルにおいて大腸がんに対する効果を示し、また THCA は、がん細胞株においてアポトーシス(細胞死)を誘導する PPAR (核内)受容体に作用することがわかっている。スペインで行われた研究で観察された抗腫瘍作用が発揮されるためには、これらすべての化合物が組み合わさっていることが必要なのかもしれない。
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